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社説・コラム

『論』 医療の不確実性 6年後の福島でも強く

■論説委員・平井敦子

 医療の常識は、時代とともに変わる―。かつて取材した医師にそう教わった時は、正直驚いた。それまで正しいとされていた治療法が、後に間違っていたと、ひっくり返ることも少なくないという。

 例えば下痢の治療である。以前は薬で止めていたが、今はなるべく止めない。食中毒を起こす細菌の中には体内で毒素を出すものがあり、その毒素を体の外に早く出すためという。20年ほど前、腸管出血性大腸菌O157の集団食中毒が猛威を振るい、死者も出て、治療法が見直されたそうだ。

 つまり、人間の体も病気も謎に満ちていて、少しずつ解明しながら、よりよい治療法を探すしかないらしい。それを「医療の進歩」というのだろうが、何とも不確実な営みである。

 原発事故から6年を経た福島で見つかっている子どもの甲状腺がんはとりわけ、「医療の不確実性」を踏まえて向き合わざるを得ない病気ではないかと思う。

 事故当時18歳以下を対象とする福島県の検査で、甲状腺がんの診断が確定したのは、これまでに145人。「疑い」は39人に上る。多く発生しているとみるか、放射線の影響があると考えるのか、いまだに専門家の意見は分かれる。

 全国の発生率と比べ高い。だが、福島の場合、これまでと違い、甲状腺の腫れなどの症状の訴えがない子も含めた網羅的なスクリーニング検査だ。前例はない。「治療しなくていいがんまで見つけている」との見方もある。そんな意見を踏まえ、福島県の「県民健康調査」検討委員会は今のところ、「放射線の影響は考えにくい」との立場である。

 しかし、どう理解すればいいのか、首をかしげる人は多いのではないか。治療しなくていいがんってあるのか、いったい何なのか。

 昨年11月、福島県小児科医会の太神(おおが)和廣会長を訪ねた。すると「がんは何でも早く見つければいい、というのは違うんですよ」と話し始めた。

 放っておけば命に関わる病気だから見つけ、体に負担をかける手術もする。ただ甲状腺がんの場合は10年生存率が9割近くと高く、進行も遅いといわれる。急いで診断して治療すべきかどうかは、よく分かっていないという。

 検査により診断や治療も必要のないがんを見つけているかもしれず、告知された人の体と心の負担を考えると、太神さんは悩むという。そうしたことなどから、県小児科医会は検査の縮小も含めた見直しを訴えている。

 判断を難しくしているのは、子どもの甲状腺がん、さらに放射線の影響について分かっていないことが多いからだろう。その認識は共有しながらも、検査を続けるべきだという意見も根強い。広島赤十字・原爆病院元副院長の小児科医、西美和(よしかず)さんもその一人だ。

 甲状腺を含む小児内分泌が専門の西さんは、福島県の調査検討委の甲状腺検査評価部会員を務める。検査で見つかったがんに放射線の影響は考えにくいが、100パーセントないと言い切れない現段階では、検査を続けて影響の有無を見極めるべきだと訴える。

 また、治療しなくてもいいがんもあると考えられると同時に、中には治療すべきがんも含まれる可能性を軽視できないとも指摘する。「検査や治療のメリット、デメリットを丁寧に説明した上で、保護者らに選択してもらうしかないのではないか」と語る。

 医療というのは、もともと不確実なものなのだろう。中でも、不確実の厚い壁に突き当たっているのが、福島の小児甲状腺がんを巡る現実ではないか。被災した住民は、どうすればいいのかよく分からない中で、さまざまな選択を迫られる。不安が募るのも当然だろう。それも、原発事故が生んだ「理不尽」の一つに違いない。

 放射線の影響かどうか、はっきりさせるには、福島と同じような検査を別の地域でも行い比較する必要があると、以前から指摘されている。小児甲状腺がんの網羅的な検査を、私たちの地域で引き受けてほしいと問われたら、どう答えるべきか。福島の理不尽は、決して人ごとではない。

(2017年3月16日朝刊掲載)

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