社説・コラム

『想』 藤本黎時 和解の像

 広島平和記念公園にある広島国際会議場へ南側から入ると、肩を寄せ合った等身大の男女のブロンズ像が目につく。イギリスの女性彫刻家、ジョセフィーナ・デ・バスコンチェロス(1904~2005年)制作のこの像は、第2次世界大戦終結50周年の1995年7月12日、英国コベントリー市民を代表して実業家、リチャード・ブランソン氏によって寄贈された。

 コベントリー市は、40年11月14日、ナチスドイツ空軍の大爆撃によって、一夜にして焦土と化し多数の市民が死傷した。破壊されたコベントリー大聖堂の司祭は「報復でなく、和解と平和を」と呼び掛け、今もこの精神が市政に引き継がれている。

 デ・バスコンチェロスは、一人の女性が大戦終結直後の荒廃した戦場跡を徒歩で国境を越えて夫を捜したという実話に感動し、77年にこの像を制作。「再会」という題名を付けた。94年、デ・バスコンチェロスの90歳の誕生日にこの像は「和解」と改名されて復元され、翌95年、再建されたコベントリー大聖堂と広島市に寄贈された。

 2011年9月下旬、私はベルリンの壁記念館を訪ねた。その前の広場に、東西分割の壁に面していたため爆破された教会が和解教会という名の小さな礼拝堂に再建されていた。入り口付近で、懐かしい「和解の像」に再会し感動した。ベルリンの像の足元には、壁が壊されたことを象徴するかのように、切断された有刺鉄線が置かれている。

 「和解の像」は、99年ベルリンに、2000年に北アイルランドのベルファストのストーモント城庭園に寄贈、設置された。平和学の講座のあるイギリスのブラッドフォード大学にも設置されている。3カ国に設置された「和解の像」は、それぞれの国が過去の惨禍を克服して和解に至った象徴として、平和への連帯を呼び掛けている。

 一方、ソウルの日本大使館前と釜山の日本総領事館前をはじめ、韓国国内外に設置され続けている慰安婦少女像は、「和解」拒否の象徴として軋轢(あつれき)を増幅させる効果しか望めないだろう。(広島市立大元学長)

(2017年3月16日セレクト掲載)
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