社説・コラム

天風録 「殿敷さんの『逆流』」

 割れた眼鏡、裂けたワンピース、布かばん…。あの日を物語る被爆遺品類が原爆資料館の地下に並んでいる。遺族らから昨年度、新たに寄せられたもの。何が起きたのか、何をすべきか。永く訴えかける資料が加わった▲比治山の広島市現代美術館では、地元出身の作家殿敷侃(とのしき・ただし)さんの特別展がきのう始まった。原爆で死んだ親の形見が題材の絵画もある。幼い自分を背に入市被爆した母の衣類などを点描で表現。無数の点に執念がこもる▲被爆者の背中に残るケロイドや湧き上がる原子雲を、版画にして並べた作品は見る者に強烈な印象を与える。ことし没後25年。「逆流の生まれるところ」と題して50年の生涯と制作活動に迫る展覧にはエネルギーの奔流がある▲晩年は、消費社会や環境破壊を告発する作品も世に問うた。古タイヤを山口県立美術館前にぶちまけたり、赤いペンキを塗りたくったビニールで原爆ドームを取り巻いたり。「逆流」をテーマに殿敷さんは駆け抜けた▲亡くなって四半世紀、世界情勢は危うい流れを見せる。米国やロシアは再び核兵器増強へ動き、北朝鮮も開発へ突っ走る。被爆地に残されたものを見つめ直し、あらがい、逆流を起こすときだ。

(2017年3月19日朝刊掲載)
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