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社説・コラム

社説 国・東電に賠償命令判決 「責任」重く受け止めよ

 福島第1原発で起きた、原子力災害では国内最悪の事故。その責任が、事業者の東京電力にも規制する立場の国にもないというのは、無理があるだろう。事故による避難者が損害賠償を求めた訴訟の判決で、前橋地裁が、東電と国の責任を認めたのは当然と言える。

 争点の一つは、東日本大震災レベルの巨大津波が予測できたかどうかだった。国は2002年に福島沖でも津波地震が起きるとの「長期評価」を発表した。それに基づき東電は08年に津波が敷地の地盤面を上回る高さになると試算した。それらを論拠に判決は「予測はできた」とする踏み込んだ判断をした。

 さらに、地下に置かれていた配電盤を高台に置くなどの対策を取っていれば、巨大津波でも配電盤は浸水せず原子炉は冷却できたから事故は防げたと指摘した。国には、規制権限を使って東電に対策を取らせておけば事故は防げたとして責任を認めた。求められる役割を十分果たしていなかったというのだ。

 長期評価について、国や東電は「地震学者の間で異論があった」「一つの仮説」などと軽視していた。疑問の残る対応だ。可能性は低くても、ひとたび事故が起きれば広範囲に、しかも長期間にわたって影響を及ぼすのが、原発の特徴だ。それだけに安全面を最優先して慎重に対応する必要があったはずだ。長期評価を基に試算までしたのに生かさなかったのは、自覚が乏しかったと言えそうだ。そもそも放射性物質を扱う資格がなかったのではないか。

 判決の重みをどう受け止めるのか、国や東電は問われている。巨大津波の恐れが指摘され試算した時、なぜ対応しなかったのか。安全よりコストを優先させたのか。今後の教訓として生かすため、そうした経緯を明らかにすることが不可欠だ。

 賠償額についての判断には、原告の間に不満もあるようだ。自主避難者を含め、原子力損害賠償法に基づく賠償金が既に支払われているとはいえ、判決が認めた額は請求額を大幅に下回っているからだ。受け取れる人も原告の半数以下にとどまる。ただ、将来の健康不安や失業・転校、家族との別離など慰謝料を考える要素を示して、一人一人を見て判断する独自の枠組みを打ち出した点は評価したい。

 折しも今月末、福島県による自主避難世帯への住宅の無償提供が打ち切られる。避難者への補償や支援は今のままで十分か、その在り方も含めて、議論を深める必要がある。

 同様の集団訴訟は、広島や岡山両地裁を含め、全国で30件近くある。初めて出された今回の判決は踏み込んだ考え方も示した。今後も、事故の原因や責任に厳しく迫る判決を望みたい。

 今回の判決で強調された「人災」という側面は、以前も指摘されている。国会に設けられた事故調査委員会である。津波のリスクについて国や東電が「認識していながら対策を怠った」とした上で、事故の根源的原因は「人災」だと結論づけた。

 ところが、国会は事実上それを放置している。なぜ福島で事故は起きたのか、責任は誰にあるのか。さらには、各地で原発再稼働への道が開かれつつある中、エネルギー政策はどうあるべきか。判決を機に、じっくり考えるきっかけにしたい。

(2017年3月19日朝刊掲載)

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