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連載・特集

緑地帯 朴さんの手紙 久保田桂子 <5>

 朴(パク)道興(ドフン)さんの手紙を頼りに、私は北海道の余市を訪ねた。終戦の前年、この町に滞在した旧陸軍の船舶部隊、暁6174部隊のことを調べれば、同じ部隊に所属していた山根秋夫さんの手掛かりがあるかもしれない。

 地元の歴史資料館の方が、車で暁部隊の駐屯地を案内してくれた。部隊が滞在した水産試験場や大乗寺というお寺は、ここ数年で建て替えられており、当時の面影は残っていなかった。当時この町にいた兵隊を知る人にも話を聞いたが、山根さんや朴さんを知る人には会えなかった。

 朴さんは語っていた。「小学校の校庭で訓練をしていたら、子どもたちが見に来た。帰って母親に、一つ星(二等兵)の兵隊さんが殴られてかわいそうだ、って言ったみたい。慰問の時、地元のおばさんたちが、ふかした豆を差し入れてくれることがあった」。朴さんは訓練時に殴られたせいで今も片耳が悪いが、「余市はいい思い出ばかり」と言うのだった。

 帰りのフェリーの船上で、朴さんに手紙を書いた。「確かに部隊は、この町に駐屯していたようです。でも、山根さんの手掛かりは何も見つかりませんでした」

 しかし、余市への旅から戻った後、予想外の進展があった。私の友人が偶然に広島出身で、朴さんが覚えていた住所の「広島県秋田郡」について聞くと、「秋田じゃなく、安芸じゃない?」。地図で調べると、確かに「安芸郡」がある。山根さんは戦前、貨物船乗りだったというから、きっと海のある町だ。安芸郡で海がある町。すぐに見当がついた。(映像作家=長野県)

(2017年3月22日朝刊掲載)

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