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核なき世界への鍵 初交渉から <下> 被爆国の市民 政府に代わり存在感

 「核兵器禁止条約」を作る初の交渉会議は3月末、米ニューヨークの国連本部で5日間の第1回会期を終えた。1歳の時に広島で被爆した日本被団協の藤森俊希事務局次長(73)=長野県茅野市=は会場出口に立ち出席した大使たちに一人ずつ折り鶴を手渡した。「感謝」の気持ちを込めて。

 「各国代表と市民社会が米国などの反発に負けず、条約作りに力を合わす姿は心強かった」と藤森さん。自身も初日に被爆者代表として演説し、条約の文言を提案した。「ノーモアヒバクシャ」の訴えが盛り込まれ、核兵器廃絶へ前進するよう希望します―。学徒動員先から帰らなかった姉を含め、おびただしい原爆犠牲者の無念、被爆者の苦難と願いを背負い、訴えた。

 これには早速、会議の副議長国オーストリアが呼応。ハイノツィ駐ジュネーブ国際機関代表部大使は、条約前文に「ヒバクシャ」を明記するよう各国へ働き掛ける考えを示した。

 藤森さんと同様に「『ノーモアヒバクシャ条約』と呼べる前文を作り、被爆者のレガシー(遺産)に」と会議で訴えた非政府組織(NGO)ピースボート(東京)の川崎哲共同代表は言う。「被爆者がいなくなる未来を見据え、『核兵器は絶対いけない』という彼らの強いモラルを国際法規範に形作る必要がある」

 大型客船で各国を巡って被爆者が証言する企画を9年前から続け、禁止の機運を盛り上げてきた。核兵器の非人道性を身をもって語る被爆者の力を知る一方、平均年齢が80歳を超えて避けられない衰えも感じる。

 それだけに、今回の交渉会議を主導し早期の合意に動く非保有国に同調する。まずは「禁止先行条約」を発効させ、非人道兵器という社会規範を世論に広げ、参加拡大を図る―。とことん被爆者に寄り添い「全ての国が入るまで世界の市民を突き動かす条約」にできるかを鍵とみる。

 ただ、米ロなどの核保有国や、「核の傘」に頼る日本が議論すら拒む構図に、日本の一部の専門家の間でも条約の実効性や、加盟の現実性への疑問が根強くある。それを乗り越える道筋を、交渉会議に出席した日本のNGOは探っていた。

 NPO法人ピースデポ(横浜市)は、条約と同時に非核地帯化の交渉を進めるのが大切と文書で各国に指摘した。特に北東アジアを念頭に置く。米国や日本が交渉不参加の理由に挙げる北朝鮮の核・ミサイル問題の打開策になるからだ。

 平和首長会議(会長・松井一実広島市長)からは小溝泰義事務総長が参加。保有国の加盟には、核兵器の廃棄の履行を確かめる検証措置が不可欠だと強調した。保有国は他国が手放したと検証されない限り、自国の核を放棄しないという現実を見据えた提案だ。

 今回の会議では被爆国の市民の活発な動きが目立った。出席者には「これらは本来、日本政府が主導できる」とのいらだちがくすぶる。政府は「情報収集し一部参加国と個別協議した」(日本外交筋)という。

 「ほかの誰にも同じ目に遭わせてはならない」との被爆者の訴えに沿った国際規範が、被爆国が参加しない場で作られ、広がろうとしている。成案は次回会期末の7月7日までに採択の流れだ。藤森さんは「核兵器なき世界」への期待と自国政府への怒りを抱き、帰途に就いた。(水川恭輔)

(2017年4月8日朝刊掲載)

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