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社説・コラム

『潮流』 インドからの手紙

■ヒロシマ平和メディアセンター長・岩崎誠

 敬愛するヨシコ・カジモト様へ。ヒロシマ平和メディアセンターの専用ウェブサイトを見たというインド人から、英文の手紙が寄せられた。

 本紙の平和のページで連載する「記憶を受け継ぐ」で、おととし証言してくれた広島市西区の梶本淑子さん(86)のこと。ネット上に発信した記事の英訳を読んだらしい。

 爆心地の北2・3キロの工場へ学徒動員中に被爆、建物の下敷きになる。そんな体験を語った梶本さんに、届けてほしいと願う手紙は「原爆という不幸な歴史を生き延びただけでなく、現在の世界で平和を説く方に手紙を出せることを誇りに思う」とつづる。

 どんな人なのか。メールで問い合わせるとインド北部の都市で医学・健康関連の大手企業に勤務する2児の親という。日本語訳を付け、梶本さんに手渡した。「全ての核兵器が完全に廃絶され、いかなる国もこんな悲劇に二度と遭うことがないよう祈る」という心強い結びの言葉に、ご本人もいたく感激していた。

 論説委員時代、インドを視察したのは6年前だ。経済成長の熱気の半面、隣国パキスタンと敵対関係にある現実も目の当たりにした。官庁はむろん観光名所やショッピングセンター、自分が泊まるホテルまで厳しい手荷物検査やボディーチェックがあった。

 テロの脅威に常に直面する大国は核拡散防止条約(NPT)に加盟しないまま、120発ほどの核兵器の保有が推計される。かつて核実験を競ったパキスタンに加え、中国に対しても軍事面の対抗意識を隠さない。核兵器禁止条約の交渉にも背を向ける。

 そのインドにもヒロシマの願いに共鳴する人は確かにいる。多言語で世界に発信する私たちの仕事の重みを実感した。「被爆者の言葉を諦めず発信することで、いつの日か大きな壁を動かす力になると信じる」。梶本さんからそんな返信を託された。

(2017年4月13日朝刊掲載)

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