社説・コラム

天風録 「GHQでさばいた手紙」

 篠原栄子さんは20歳前にGHQに就職した。当時、朝鮮戦争に動員された夫や恋人、息子を捜してほしいと頼む手紙が米本国から大量に届いていた。その返信を上司の指示でタイプする仕事である▲ちぎった紙には、切ない思いがびっしりつづられていた。「手紙というか、嘆願書ですね」。米国生まれの詩人アーサー・ビナードさん編著「知らなかった、ぼくらの戦争」に証言がある。窓の外は戦後の東京でも、GHQの館内では手際よく戦争が進められていた―と彼は見た▲戦後の私たちは幸い、愛する者の消息を戦場に求めることなく歩んできた。「銃後」は死語だと思ってきたのに、ここ最近きなくさい▲北朝鮮のミサイルは日本も射程に入れ、米国は原子力空母を近海に送り込んだ。朝鮮戦争の折には九州北部に警戒警報が出されたが、今は秋田でミサイルに備えた避難訓練が実行されている。小さなニュース一つ取っても、ひと昔前ならあり得ない▲「戦後」という日本語は、あの戦争の後始末をしながら平和を生み出す人々の営みがあって意味をなしてきた―とビナードさんは後書きに記す。「戦後のない国」に生まれた人の、はっとさせられる言葉である。

(2017年4月17日朝刊掲載)
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