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「黒い雨」の広島たどる スペインの作家モウレロさん 日本紀行出版 

惨状と繁栄 対比に胸熱く

 スペイン・マドリード在住の作家スソ・モウレロさん(52)が、日本文学の舞台や著者のゆかりの地を旅してつづった本を母国で出版した。どこよりも魅せられたのは「黒い雨(井伏鱒二)を読んで訪れた広島」という。2度にわたり被爆地を訪れ、見聞きした光景を織り込んだ。好評で早くも増刷が決まったという。(金崎由美)

 モウレロさんは放送局の番組プロデューサーや有力紙のコラムニストを務め、大学でも台本執筆を教えてきた。世界を旅行し、滞在経験を本にしている。

 母国では日本文学のスペイン語訳もかなりあり、ファンも多い。モウレロさんもその一人。昨春は3カ月日本に滞在し、作品の「古里」を求めて広島や川端康成「雪国」ゆかりの新潟、谷崎潤一郎「細雪」の舞台大阪などを回った。

 ことし再来日し、執筆場所に広島を選んだ。「文学の舞台で暮らす人々の息吹を感じながら書きたい」という思いからだ。

 2カ月間滞在し、新著「En el barco de Ise. Viaje literario por Japón(伊勢の船に乗って 日本文学への旅)」を仕上げた。三島由紀夫の「潮騒」の舞台、三重県の伊勢にちなんだタイトルにしたが、「黒い雨」ゆかりの部分にも力を入れた。

 2度の広島滞在中は主人公の閑間重松が「日記」に記した広島港と比治山のほか、「中ほどまで渡って気がついた。欄干が一本もない…橋の下にも人が数体にわたって流れていた」とある御幸橋を歩いた。

 原爆資料館で被害の実態を学び、子どもたちの犠牲に衝撃を受けたという。本通り商店街で買い物を楽しむ現代の若者を目にして平和の尊さを実感した。広島のスペイン語学習者ら友人の協力も身に染みた。

 「作品に描かれた惨状と繁栄した現在の街並みとのコントラストに胸が熱くなった。苦難と再生の力の両方を感じた」とモウレロさん。現在、出版記念のトークショーでスペイン各地を回り、広島での体験も語っている。「秋には再び被爆地を訪れ、さらなる著作を考えたい」と次の構想も既に温めている。

(2017年5月15日朝刊掲載)

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