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[つなぐ] 看護師 テレシア・マリア・トジ・ピオさん=インドネシア出身

サダコの心 母国に発信

 患者が横たわるベッドの側に立ち、血管の状態を慎重に見極める。血液の老廃物などを取り除く血液透析が専門の中島土谷クリニック(広島市中区)。インドネシア出身の看護師テレシア・マリア・トジ・ピオさん(36)=中区=は、毎日、約10人の透析患者を担当する。

 患者の多くは高齢者で、被爆した人もいる。何げない会話が、被爆体験に及ぶこともある。家族を亡くしたが、生き残ったから頑張るしかないという思いを聞いた。「壮絶な体験を乗り越えた被爆者から、逆に励まされる」とピオさん。

 インドネシアのカリマンタン島のボンタンで育った。経済連携協定(EPA)に基づき、日本政府が看護師候補者受け入れを始めた2008年度、第1陣として来日した。首都ジャカルタの総合病院で働いた経験はあるが、それまで日本に縁はない。広島弁や専門用語が聞き取れず、戸惑いの連続だった。

 まず配属された阿品土谷病院(廿日市市)では上司や同僚の全面的な支えを受け、日本語のほか日本の看護の仕組みや習慣を猛勉強。11年3月に3度目の挑戦で看護師の国家試験に合格した。「合格はゴールではなくスタート」という、その時の気持ちは、今も変わっていない。

 6年たっても常に電子辞書を持ち歩く。時間があれば透析の参考書に目を通す。広本美智子看護師長(55)は「いつも高い目標を掲げて努力する人。トジさんがいると周囲がぱっと明るくなる」

 経済発展が進むインドネシアでは、医療現場の革新も進む。ただ2年前には父親を胃がんで失った。「日本だったら確実に助かっていた命」とピオさんは言う。将来はインドネシアの医療の向上に力を発揮したい―。そんな思いも強まっている。

 職場は平和記念公園のすぐそばにある。休憩で利用する別棟のカフェテリアからは、公園が一望できる。「罪のない、多くの人たちの犠牲の上に今がある」と感じ、当たり前と思っていた「平和」を意識するようになった。

 この春からは、ボランティアでヒロシマの心をインドネシアへ伝えている。NPO法人ANT―Hiroshima(中区)の依頼で、絵本「おりづるの旅 さだこの祈りをのせて」(うみのしほ作)のインドネシア語版の出版を手伝った。

 白血病からの回復を願い、鶴を折り続けた佐々木禎子さんの死をきっかけに、平和の願いが世界へ広がっていく物語。4月末に一時帰国した際には、ジャカルタの孤児院や病院を訪ね、出来上がった本を届けた。子どもたちは本を食い入るように読み、「悲しいことがあっても頑張らなくちゃ」と話していたという。

 そのジャカルタでは、昨年1月にイスラム過激派組織によるテロも起きている。ピオさんは「絵本を読んだ子どもたちが平和な社会に貢献する人に育ってほしい」と願う。(桑島美帆)

(2017年5月22日朝刊掲載)

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