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社説・コラム

社説 「共謀罪」参院へ 議論を一からやり直せ

 国民の不安が置き去りにされたままではないか。犯罪を計画段階で処罰する「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ「テロ等準備罪」を新設する組織犯罪処罰法改正案がきのう、衆院本会議で可決され、衆院を通過した。

 4月から始まった審議は、金田勝年法相らの答弁の迷走もあり、議論するほど疑問が深まった。共同通信が20、21日に実施した全国電話世論調査でも、「政府の説明が十分だとは思わない」と答えた人は77・2%に達した。今国会中に「成立させる必要はない」との回答も56・1%に上る。

 にもかかわらず、30時間で審議を打ち切り、衆院本会議の採決に突き進んだ強引な姿勢は理解し難い。さまざまな懸念に耳を傾けることなく、ここまで数の力で押し切ってきた政府、与党に強く抗議したい。

 法案を巡る疑問は多岐にわたる。これから始まる参院の審議では、議論を一からやり直す必要がある。

 何より法改正の目的さえ、いまだに納得できない。

 政府は2020年の東京五輪に向けたテロ対策を理由として挙げる。世界各地で相次ぐ卑劣なテロに憤りを感じ、対策の強化を望む人は多いだろう。きのうも英国マンチェスターのコンサート会場の爆発で多くの死傷者が出た。自爆テロとみられている。

 しかし今回の法案は、03~09年に3回廃案になった共謀罪を修正し、焼き直したものだ。共謀罪は00年に日本が署名した国際組織犯罪防止条約に加盟するために検討してきたが、この条約は経済マフィア対策を念頭に置く。テロ対策と政府が声高に言い始めたのは昨年夏からである。結局、今年3月に示した改正案に初めて「テロリズム」の文言が明記された。

 「テロ対策は後付けの理由」と、政府や与党が批判されても仕方あるまい。

 テロ対策の法整備が必要だとしても、日本の刑法では既に、殺人や強盗、放火などの重大な犯罪は予備段階から処罰ができる。さらに爆発物による罪や内乱罪は、犯罪について合意する共謀段階から処罰できる。テロ対策を強化するとしても、本当に必要な幾つかの犯罪について個別に検討し、予備罪を設けるだけで十分という指摘もある。

 今回のように対象となる罪が277と広範に及ぶ法案が実際に必要かどうか、あらためて検討すべきだろう。

 法案の「副作用」を心配する声も強いからだ。277もの犯罪について計画した疑いがあると警察が判断すれば、捜査に入ることが可能になる。捜査、国家権力の肥大化や暴走を招きかねない。国民の基本的人権を損なう恐れがある。

 ケナタッチ国連特別報告者は安倍晋三首相宛てに、今回の法案がプライバシーや表現の自由を不当に制約する恐れがある、との書簡を届けたという。菅義偉官房長官は内容に抗議したというが、謙虚に受け止めるべきだ。参院ではケナタッチ氏の指摘を踏まえ、法案の副作用について十分な検討が要る。

 政府、与党は6月18日に迫る会期を延長することも視野に、法案の今国会中の成立を目指す。だが、急ぐ必要などない。国民が理解し納得できるまで、議論を尽くしてもらいたい。

(2017年5月24日朝刊掲載)

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