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[インサイド] 官民一丸 誘致アピール メキシコ事前合宿 核廃絶も共感

 2020年東京五輪で、メキシコの選手団が広島県内で事前合宿をすることが25日、決まった。合宿誘致を巡っては、関係構築やスポーツ・文化交流、経済効果を狙い、全国の自治体で競争が過熱している。東京から離れた広島が選ばれた背景には、自動車産業を柱とした経済的なつながりとともに、核軍縮に関心が高いメキシコのヒロシマへの思いもあった。(胡子洋)

 協定締結を翌日に控えた24日夕。広島市中心部の街並みを一望できる中区のホテルの一室で、メキシコオリンピック委員会(MOC)のカルロス・パディージャ会長は穏やかな表情で言った。

 「広島から(事前合宿の)打診があった時、面白いなと思ったんだ。もしかしたら五輪憲章の精神の平和をテーマに何かできるのではないかとね」

 昨年4月、東京五輪の合宿誘致を掲げる広島県は対象をメキシコに絞った。将来的に経済成長が見込め、経済交流の覚書を結んでいるグアナファト州にはマツダ(広島県府中町)の工場もある。20年は被爆75年。核兵器廃絶に積極的なメキシコの被爆地へのまなざしも見据えた。

人脈を駆使

 まずマツダの現地法人を渉外窓口とし、MOC側に水面下で打診。同州知事からも懇意のパディージャ会長に直接電話してもらい、広島側の思いを伝えた。

 ただ誘致交渉は一筋縄ではいかない。他の自治体もメキシコの誘致に動く。国際大会の実績が豊富な福岡、首都圏の埼玉、首都圏に近い静岡の3県だ。広島県の出原充浩政策監は「地の利では勝てない。先手を打つしかなかった」。昨年11月、MOCとのパイプを持つ人物とともに現地へ行った。

 その人物とは、国際体操連盟会長への就任が10月に決まったばかりの渡辺守成・日本体操協会専務理事(当時)だ。渡辺氏は民間出身の中下善昭副知事が流通大手に勤務していた時の後輩。「今日は広島のために来た」。国際的な影響力のある渡辺氏の言葉は、MOC幹部に響いた。出原政策監は切り出した。「明日から実務協議に入りたい」。本格交渉が始まった。

 パディージャ会長は広島入りした今月23日、中区の原爆資料館を見学した。ヒロシマの歴史の重みや復興を遂げた力を感じたと強調し、「心が揺さぶられた。若い選手たちにもこの経験をさせたいんだ」と熱く語った。予定になかった被爆者との面会も希望し、被爆体験に聞き入った。「『私たちには人を憎む時間はない』との言葉が印象的だった。私は核兵器を憎み、なくしたい」

 広島の歓迎ムード、戦後復興した街並み、練習施設、料理、人柄…。パディージャ会長は絶賛した。「自分の目で確認したかった。選択に間違いはなかった」。東京五輪の大会組織委員会の森喜朗会長からも「ベストチョイス」と言われたという。

全面的支援

 25日、広島市南区であった基本協定の締結式。湯崎英彦知事は「歴史的な節目の時」と述べ、官民が一枚岩になった全面的支援を約束した。県内市町の首長や競技関係者たちを前にパディージャ会長も約束した。「広島での合宿を踏まえ、これまで以上の成果を東京五輪で残す」。メキシコ選手団は早ければ来年にも国際大会や五輪予選の事前合宿で訪れる。

(2017年5月26日朝刊掲載)

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