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社説・コラム

天風録 「おばあ、大丈夫だよ」

 人生で一番泣いた日です―。歌舞伎俳優の市川海老蔵さんがきのう朝、ブログにそうつづった。乳がんで闘病していた妻麻央さんを失ったショックの大きさがうかがえる▲最愛の人だけに喪失感は相当なはずだ。ならば父母やきょうだい、友人を一度に奪われた痛みはどれほどか。犠牲者が20万人を超えた沖縄戦では、そうでない人を探す方が難しかろう。きのう糸満市で追悼式があった▲サトウキビ畑をはだしで走って逃げたおばあ、鉄の臭いの混じった島風に仲間の叫び声を聞いたおじい。そんな72年前の記憶は、今を生きる私たちに刻まれている…。追悼式で高校生が朗読した「平和の詩」に何度かうなずいた▲瞳いっぱいにたまったおばあの涙や、両手に握りしめたおじいの悔しさを知っている、とも読み上げた。そして誓う。<おばあ、大丈夫だよ/私たちはあなたたちの思いを/あの日の記憶をいつまでも紡ぎ続けることができる>と。頼もしい言葉だ▲ただ、現実は今なお厳しい。米軍基地が広大な土地を占め、海や森では新たな施設の建設が進む。戦争で再び多くの人の「一番泣いた日」が重なることがあってはなるまい。おばあの記憶はそのためにある。

(2017年6月24日朝刊掲載)

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