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描いた 被爆者の責務 埼玉の高橋さん 廿日市の作品展出品

 広島で72年前に被爆した埼玉県川口市の高橋溥(ひろし)さん(77)が、原爆をテーマにした絵を初めて描き、廿日市市で開催中の作品展に出品している。昨年8月6日、広島市の平和記念式典に参列したのが描くきっかけになった。「被爆者としての責務を感じた。描いて悲しい、つらいと思った初めての絵」と話す。(長部剛)

 高橋さんは5歳の時に広島市土手町(現南区稲荷町)の自宅で被爆。家はつぶれ、母、妹、弟が下敷きになったが、近所の人に助けられ、炎が迫る中、一緒に逃げた。仕事や勤労奉仕に出ていた父、姉、兄も無事だった。

 油彩の心象画「被爆の思い出の風景」は縦90センチ、横45センチ。原爆投下から約2週間後、現在の東区にあった親戚宅へと一家で歩く様子を今年4月下旬から約3カ月かけて描いた。「腐臭に包まれ、焼け野原と化した街を、真っ白い月が照らしていた」。思い出したくない記憶をたどり、家族の姿を絶望から希望へと歩むヒロシマと重ねた。

 国泰寺高(中区)の卒業生で、現在は埼玉県原爆被害者協議会理事。絵画は小学生の頃からの趣味で、高校時代は美術部長だった。原爆の絵を描いたことはなかったが、昨年の平和記念式典に埼玉県の遺族代表として参列し、全国の被爆者の平和への願いに触れ、突き動かされたという。

 作品展は、国泰寺高の卒業生グループ「燦燦(さんさん)会」が廿日市市下平良のはつかいち美術ギャラリーで30日まで開催。高橋さんを含め、会員たち21人の絵や書など約50点が並ぶ。無料。

(2017年7月29日朝刊掲載)

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