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社説・コラム

天風録 「その日の名残」

 ベッドに食卓、小さいのは子どもの椅子だろうか。家具を燃やして木切れにし、元の姿を想起させるアート表現だ。異様な美しさを感じさせると同時に、そこにいたはずの家族の不在を伝える▲パレスチナ人美術家モナ・ハトゥムさんが被爆の実情に想を得て制作した。広島市現代美術館が3年に1度平和に貢献した作家を選んで贈っている「ヒロシマ賞」受賞者である。同館で開催中の記念展で披露している▲紛争や戦争で突然奪われた日常を題材に創作を続ける。背景にあるのは自らの源流だ。両親はパレスチナの地を追われた。自身は英国を旅行中、家族の住むレバノンで内戦が勃発したため、帰れぬまま▲パレスチナはことし、第3次中東戦争から半世紀を迎えた。イスラエルの占領が続き、和平は遠のく。今なお死と隣り合わせの日常がある。遠い被爆地にいる私たちは、そんな現実にどれだけ心を寄せているだろうか▲同賞には世界平和を希求する「ヒロシマの心」を広く伝える目的もあるという。ならば私たちも、もっと世界に目を向け痛みを共有しなければなるまい。「その日の名残」と題した作品は呼び掛ける。あらゆる「その日」に思いをはせよ―と。

(2017年8月1日朝刊掲載)

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