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[核なき世界への鍵 次代の力] 「一瞬の悲劇」 伝えたい 原民喜らの詩を引用 米で英語スピーチ

 「たった一発の核兵器が罪のない多くの人々の未来を奪う。72年前の広島と同じ過ちを起こすべきではない」

 身ぶり手ぶりを交え、英語で書かれた自作の原稿を読み上げる。東広島市出身で現在、米カリフォルニア州立大チコ校に通う3年大谷佳菜子さん(22)は、コミュニケーション学を学びながらスピーチ・ディベート競技のチームに所属。9月にサンフランシスコである大会の準備を進めている。原爆詩を引用した原稿を発表し、核兵器のない世界の大切さを訴えるつもりだ。

 発表時間は10分。被爆の実態を短時間でリアルに表現できる素材として原爆詩に着目した。1950~60年代に書かれた詩を中心に「憤怒」(田中喜四郎)、「原爆小景(コレガ人間ナノデス)」(原民喜)など4編を選んだ。やけどを負い助けを求めて逃げ惑う被爆者や、遺体で埋め尽くされた市街地の様子など生々しい描写が含まれる。「日本人の視点から、きのこ雲の下で何があったかを伝えたい」。たった一発、一瞬の悲劇に焦点を絞った。

議論避け後悔

 原爆をテーマにした理由に、ふとした「後悔」がある。母校の東広島市の小学校は8月6日が登校日で、原爆や平和について考える機会があった。原爆資料館(広島市中区)も見学した。得意の英語を生かして進んだ大学。だが、歴史の授業で第2次世界大戦を含む近代史をあえて避け、古代史を選択した。「核保有国である米国の教育で、原爆がどう伝えられているのか分からず、考え方を巡る議論で摩擦が起きるのを恐れたから」と明かす。

 しかし米国の友人と話すうち、核兵器の非人道性に一定の理解があると分かった。「むしろ広島出身者として原爆や平和教育を語るべきではないか」と思い直し始めた。米国がトランプ政権に変わり、核戦力の増強に対する不安も膨らんだ。入学からこれまで計25回の出場を重ねてきたスピーチ大会。その舞台を発信の場にしようと決めた。

被爆者を取材

 同時に、重いテーマを伝える責任にも向き合う。原稿作成に必要な資料を集め、被爆体験について学ぶため、ことし5月末から日本に帰国。展示が一新した原爆資料館東館を見学し、計5人の被爆者から証言を聞いた。目を潤ませながら言葉を紡ぎ出すその姿を、スピーチの表現に生かそうと胸に焼き付けた。

 被爆者には、米国の人々に何を伝えたいか尋ねてみた。「原爆はもうやめてほしい」「まず戦争をする状態にならないように」…。あふれ出すのは恨みつらみではなく平和への願い。その取材内容を踏まえ、スピーチの文章を練り上げた。

 先月7日にはニューヨークの国連本部での交渉会議で核兵器禁止条約が採択された。原稿に「条約に皆入るべきだ」と書きかけ、「皆で核兵器をなくすべきだ」に変えた。それが最終的な理想だと思うから。

 来年5月に大学を卒業後は、スピーチ大会以外でも原稿を発表する機会を持てないかと考えている。広島、長崎に原爆を落とし、72年を経てもなお核兵器を保有し続ける米国に、核抑止論を振りかざす国々に、被爆国の一人の若者として真正面から投げ掛ける。(野田華奈子)

(2017年8月2日朝刊掲載)

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