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旧流川教会の設計図現存 1927年建設 被爆者支援の拠点

 原爆でほぼ全壊した広島流川教会の建設当時の設計図が、大阪芸術大(大阪府)に保管されていることが分かった。戦後、同じ上流川町(現広島市中区鉄砲町)に再建された教会は被爆者支援活動の拠点になり、1970年に現在地の中区幟町に新築移転された。市公文書館(中区)は「ゴシック様式の教会は戦前の広島の象徴的な建物の一つで、貴重な資料」と評価している。(田中美千子)

 設計図は計56枚。教会や学校建築などで知られる米国人建築家ウィリアム・ヴォーリズ(1880~1964年)が手掛けた。礼拝堂など全体の図面をはじめ、アーチ形の窓、柱の彫刻といった部分的なデザインも詳細に描かれている。

 被爆した教会は1927年に建設。爆心地から約900メートル東にあった。52年、被爆後も残った外郭を基に再建された。教会が現在地に新築移転した翌年の71年、元の建物は解体された。

 教会には、43年に谷本清牧師(86年に77歳で死去)が着任。被爆した独身女性の渡米治療や、親を失った子どもを支援する「精神養子」運動などに尽力した。

 教会は一昨年、建て替え工事の監修をヴォーリズが設立した大阪市の会社関係者に依頼。その際、同社が設計図を同大に寄託していたことが分かった。沖村裕史牧師(56)は「戦前から市民に親しまれた建物。当時の資料はほとんど残っておらず、とてもうれしい」と話す。

 公文書館は来春、同大から譲り受けた電子データを基に、設計図の展示会を開く予定。

(2012年9月11日朝刊掲載)

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