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社説・コラム

社説 8・6登校日 復活させる道 探りたい

 広島市立の多くの小中学校が「原爆の日」の6日に設けていた登校日が、今年はゼロになった。小中学校の教職員も今年から6日が休日となったからだ。平和学習の大切な一日である。何とも寂しく残念でならない。

 5割の小中学校は、きのうの4日を登校日とした。被爆樹木で作ったパンフルートで祈りを込めた演奏をしたり、原爆資料館を見学した児童が発表したり、各校は内容に工夫を凝らしたようだ。確かに、原爆の日の登校日にしか平和を学べないわけではないだろう。

 ただ、平和記念式典が開かれるのと同じ時間に、テレビなどを通じて平和宣言や子ども代表の平和への誓いに耳を傾けることはできない。広島の多くの被爆者や遺族とともに、午前8時15分に黙とうすることもかなわない。同時性を重くみるからか、もう一つの被爆地長崎では、原爆が落とされた9日の登校日が県内で定着している。

 8・6登校日を断念した理由も、子ども本位ではない。平和学習の在り方とは関係ない、教職員の働き方を定める法律や条例が壁となっているからだ。

 今年4月に教職員の人事権限が広島県から市に移ったのに伴い、8月6日を休日とする市条例が学校現場に適用されることになった。国の法律では原則、市独自の休日には、教員に勤務を命じることができない。法令に縛られ、市教委は今年の8・6登校日を諦めた格好だ。

 課題の重大さが分かった時点で公表し、打開策を早くから検討すべきだった。8・6登校日の実施を呼び掛けてきたのは、ほかならぬ市教委である。

 小学生の3人に1人しか広島に原爆が投下された年月日と時刻を知らなかった―との2000年の調査は、教育現場に衝撃を与えた。市教委は6日を中心に平和集会を開くよう、04年度から小中学校へ促してきた。05年度は10校前後だった8・6登校日は次第に増え、多くの学校に広がった。

 それから10年、やっと定着してきた8・6登校日がこのまま消えていいとは誰も思うまい。

 成果も表れているのではないか。15年の調査では、原爆投下の年月日と時刻の正答率は、小学生で7割以上に高まった。

 登校日以外の取り組みの効果もあるのだろう。市教委は13年度から、小中高の発達段階に応じて学べる「平和教育プログラム」を導入した。各学年とも1年に最低3時間の授業を通し、被爆の惨状や復興の過程について学びを深めている。

 原爆投下からあすで72年。子どもたちの周りでも、被爆を直接体験した人は少なくなるばかりだ。小中高生が原爆や戦争について教わった人として挙げるのは「学校の先生」が最も多くなったという。あの日に何があったのか、子どもに語り継ぐ上で学校の果たす役割は、この先もっと大きくなりそうだ。

 8・6登校日は、かけがえのない機会だ。松井一実市長も「今までと同じような(登校日の)扱いをできることが望ましい」との考えを示している。

 国の法律の例外規定に当てはまる解釈を探れないか。あるいは、市の条例改正で壁を崩せないか。文部科学省も巻き込んでしなやかに検討し、8・6登校日を復活させる道を、早急に見いだしてほしい。

(2017年8月5日朝刊掲載)

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