×

社説・コラム

条約を廃絶の道しるべに 報道部 岡田浩平

 核兵器のない世界に到達する上で、核兵器禁止条約が私たちの道しるべになる。ことしの原爆の日の6日、その思いを強くした。

 昼下がりのうだるような暑さの中、広島市中心部の街頭に立った被爆者たち。道行く人に条約の意義を丁寧に解きほぐしながら、全ての国に締結を迫る「ヒバクシャ国際署名」に一筆の協力を求めた。「署名を通じて貢献できれば」「条約は知らなかったけど、核兵器がなくなってほしくて」と若者たちが応じていた。

 核兵器の使用や使用するという威嚇、保有、開発などを全面的に禁じる初の国際条約は、被爆者をはじめとした市民が訴え、核の非人道性に危機感を抱くオーストリアやメキシコなど核を持たない国々が主導して生み出した歴史的な成果だ。9月20日に各国による署名手続きが始まり、50カ国の批准で発効する。条約への加盟国を一国ずつ積み上げた先に廃絶がある。そう、目標は明確になったのだ。

 ただ、「被爆者」という言葉を前文に刻むその条約の制定交渉に、被爆国政府は、核保有国の不参加を理由に参加しなかった。この日、平和記念公園(中区)であった市の平和記念式典に5年続けて参列した安倍晋三首相は、あいさつで条約に触れずじまい。さらに、その後の記者会見で「署名、批准をしない」と言明した。

 国連のグテレス事務総長は式典に寄せたメッセージで条約を「いかなる状況でも核兵器の使用は容認できないことに着目した世界的な運動の結果」とたたえ、広島県の湯崎英彦知事は条約に核保有国が反発を強める現状を指摘した。禁止条約制定後初めての原爆の日は、核増強を辞さない米国・トランプ政権の顔色をうかがう政府のありさまを浮き彫りにした。

 「条約の締結促進を目指して核保有国と非核保有国との橋渡しに本気で取り組んでほしい」。松井一実市長は、平和宣言で政府へ呼び掛けた。自国の加盟を直接求める表現ではなくインパクトは弱い。「本気」の一言に、被爆者のいらだちや、加盟要請を込めたという。「未来に向けてこれからやるべき行動を明確に注文する方に力を注いだ」と説明している。

 あの日から72年。被爆者の平均年齢は81歳を超えた。彼らの努力のたまものである条約ができた後、次代を担う若者たちの継承の試みを中国新聞は追った。平和記念公園のガイド、「原爆の絵」を描く高校生、米国で原爆詩を引いて英語のスピーチに挑む大学生…。さまざまに磨いたその力が、条約への賛同を広げる新たな推進力になる。

(2017年8月7日朝刊掲載)

年別アーカイブ