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社説・コラム

社説 8・6と首相 被爆国の役割 自覚せよ

 核兵器は「絶対悪」で、二度と使ってはならない―。ヒロシマとナガサキの思いを結実させた核兵器禁止条約が生まれたのは、ほんの1カ月ほど前のこと。きのうは、それから初めて迎えた原爆の日だった。

 しかし、平和記念式典の参列者に、核兵器のない世界へ一歩を踏み出した高揚感が、どれだけあったろう。うだるような暑さの中で老いた被爆者たちは、条約に全く言及しなかった安倍晋三首相のあいさつをどう受け止めたのだろう。

 首相は式典で「核兵器のない世界を実現するには、核兵器国と非核兵器国双方の参画が必要」と、従来の主張を繰り返した。核保有国が加わる見込みの立っていない条約を、暗に批判したといってもいい。

 さらに驚いたのは、その後の記者会見で「署名、批准は行わないことにした」と初めて明言したことだ。慰霊の日に被爆者や遺族がどんな思いでその言葉を聞くか、分かった上で発言したのだろうか。

 「唯一の戦争被爆国」と繰り返してきた政府が、条約に背を向ける重大さを自覚しているのかどうか。「核兵器は違法」という規範を世界に設けることを多くの国が求め、行動するところまで、やっとたどり着いた。この潮流を促す役割が、被爆国にこそあるはずだ。

 被爆者団体は安倍首相に面会し、日本の条約不参加について「怒りを込めて抗議する」と直接批判した。当然だろう。中国新聞社が全国の被爆者団体に行ったアンケートでも、9割以上が日本の条約加盟を求めている。切なる声に首相は耳を傾けるべきだ。

 首相からすると、核実験やミサイル発射を繰り返す北朝鮮の脅威が高まる中、米国の「核の傘」に頼る日本が条約に賛同できないのはやむを得ない、と言いたいのかもしれない。だが、非核三原則を国是とする被爆国が、核兵器を紛争の手段と考えるのは筋違いだ。

 安倍首相とは対照的に、松井一実市長の平和宣言は、核兵器の使用はもちろん、開発や製造、保有も認めない条約に賛同していることを、色濃く示した内容だった。

 条約の採択を受けて各国政府が、核兵器廃絶に向けた取り組みを前進させるよう求めただけではない。核兵器の使用は「自国をも含む全世界の人々を地獄へと突き落とす行為」と断罪し、保有することは「人類全体に危険を及ぼすための巨額な費用投入」と踏み込んだ。被爆地の思いを、代弁するものだったに違いない。

 それならば、市長は政府に、条約への加盟を強く訴えるべきではなかったか。核の傘に頼らない安全保障政策への転換を提言することもできたはずだ。きのうは、条約の締結を促すため核保有国と非保有国との橋渡しに本気で取り組むよう求めるのにとどまった。もちろんそれも大切だが、もっと核心に迫ってもらいたかった。

 条約を携え私たちは、核兵器なき世界に向けた新たなスタートを切ったばかりだ。核保有国と非保有国の溝を埋めるには、核兵器の「非人道性」への共感をこれまで以上に広げていくことが鍵の一つになる。決して諦めることなく、被爆地の声を今こそ強く伝えていきたい。

(2017年8月7日朝刊掲載)

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