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社説・コラム

『潮流』 悲しい脅し文句

■論説委員 田原直樹

 北朝鮮に近いのに日本へ今、行って大丈夫なの―。米国をたつ際、家族は心配したそうだ。尾道から米国へ渡った詩人の調査のために、移住先のシカゴから一時帰国した日本人研究者に聞いた。核・ミサイル開発を続ける北朝鮮の動向を、少なからぬ米国民が注視しているらしい。

 「核攻撃でワシントンを火の海にする」。もう何年も前からそんな脅し文句で北朝鮮は核ミサイル保有をちらつかせて米国や韓国、日本を威嚇してきた。

 深刻に受け止めてこなかった米国民も今回は違うのだろう。こんな言葉が出てきたからではないか。

 「世界が見たことのないような炎と激しい怒りに直面することになる」

 発したのは金正恩(キム・ジョンウン)労働党委員長ならぬトランプ大統領である。核兵器の威力や武力行使を示唆する言葉。北朝鮮と何ら変わらない。瀬戸際戦略をとる独裁国家に、売り言葉に買い言葉で核大国が応じ始めた。

 北朝鮮が核弾頭の小型化に成功―との分析も報じられた。そこへ北朝鮮が、米基地のあるグアム島周辺に弾道ミサイルを撃つ作戦案を練っていると発表した。

 「広島県などの上空を通過させて…」と、具体的な飛行ルートを示したのは、被爆地の心情を傷つけるものであり看過できない。

 さてくだんの知人は、日本でミサイル攻撃に対する危機感の薄さに拍子抜けしていた。調査を終え帰国したが先日、メールが来た。米朝の緊迫が連日報道されており、「今にも核爆弾が米国に落とされるのではないかと心配する人もいます」。

 脅し文句応酬の激しさから核戦争を現実的な危機と捉える人もいるのだろう。

 「火の海だ」「見たことない炎」と、地獄絵が実際どんなものか知りもせず、言い立てる米朝の首脳よ。被爆地を訪れるがいい。愚かしさに気付き、二度と口にできなくなるから。

(2017年8月12日朝刊掲載)

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