×

連載・特集

核の脅威 多彩な切り口 「原爆・平和」出版 この1年

 広島への原爆投下から72年。この1年の「原爆・平和」に関わる本の出版は、2年前の被爆70年のピークからやや落ち着いた。そんな中、太平洋戦争末期の広島、呉を舞台にしたアニメーション映画が異例のヒットを記録し、関連書籍も高い関心を集めた。一発の原子爆弾が何を奪ったのか。多彩な切り口で伝える出版物は、「あの日」を心に刻み、核の脅威に目をそらさないための手引きとなる=敬称略。(石井雄一)

記憶をつなぐ

詩画集復刊や証言発掘

 貴重な書籍の復刻もあった。反戦・反核の画業を貫いた四国五郎が1970年に出した詩画集「母子像」が、有志の手で復刊された。報道写真家の福島菊次郎の初期の代表作「ピカドン ある原爆被災者の記録」(復刊ドットコム)も56年ぶりに刊行。広島の被爆者と家族を追った記録だ。

 被爆体験の継承が年々困難になる中、証言の掘り起こしも連綿と続く。「忘れないでヒロシマ」(南々社)は、広島で被爆し、今はカナダに住む好村ランメル幸の被爆体験とカナダでの証言活動の記録。創価学会広島女性平和委員会は「女性たちのヒロシマ」(第三文明社)を編んだ。

 ヒロシマ・フィールドワーク実行委員会は、戦前から江波(広島市中区)で暮らす大岡貴美枝の半生を聞き書きした「証言 江波に生きる」を刊行。広島医療生活協同組合は「ピカに灼(や)かれてPartⅡ」の第11集を、新日本婦人の会広島県本部は「木の葉のように焼かれて」の第51集をそれぞれ出した。

 埋もれた史実にも光が当てられた。新田光子編著「広島戦災児育成所と山下義信」(法蔵館)は、広島で戦災遺児を育てた山下義信の奮闘を山下家の資料から浮かび上がらせる。堀川惠子「戦禍に生きた演劇人たち」(講談社)は、広島で被爆した移動劇団「桜隊」の受難を、盟友だった演出家が残した資料からたどっていく。

 冨恵洋次郎「カウンターの向こうの8月6日」(光文社)は、中区のバーで被爆証言会を開いてきた著者の遺作。ひろしま女性学研究所(中区)は、2015年末に開いた「被爆70年ジェンダー・フォーラムin広島」での登壇者の発言などを「『全記録』ヒロシマという視座の可能性をひらく」にまとめた。

 「在外被爆者裁判」(信山社)は、裁判を支援してきた広島大名誉教授の田村和之が編んだ、40年を超える訴訟の歩み。「世界を変えたアメリカ大統領の演説」(講談社)は、広島市立大教授の井上泰浩が、オバマ米前大統領の広島での演説などを一冊にまとめた。三山秀昭「オバマへの手紙」(文春新書)は、その歴史的訪問の背景をつづる。

 中村尚樹「占領は終わっていない」(緑風出版)は、核問題や米軍基地などの今日的課題を戦後の占領期を起点に再検討する。キューバ革命直後に広島を訪れたチェ・ゲバラを取材した元中国新聞記者、故林立雄の手記をまとめた「ヒロシマのグウエーラ」(溪水社)も出版された。

 次世代に分かりやすく伝える出版物もある。アーサー・ビナード編著「知らなかった、ぼくらの戦争」(小学館)は、太平洋戦争体験者を訪ね歩き、戦争とは何かを考察する。「きみに聞いてほしい」(リンダパブリッシャーズ)は、ニュース解説でおなじみの池上彰が、オバマ氏の広島でのスピーチを分かりやすく翻訳。歴史学習研究会「みんなが知りたい! 世界と日本の戦争遺産」(メイツ出版)は、原爆ドームなど国内外の戦跡を紹介する。

ヒロシマ発信

「今と地続き」 想像促す

 広島市の松井一実市長は6日の平和宣言で、「このような地獄は、決して過去のものではありません」と力を込めた。縁遠いと思われがちな戦争。それを自分たちと地続きに感じてもらう試みの一つが、昨秋公開のアニメ映画「この世界の片隅に」(片渕須直監督)だろう。

 映画とその舞台をたどる関連書籍の刊行が相次いだ。このうち、『このマンガがすごい!』編集部編「『この世界の片隅に』公式アートブック」(宝島社)は、原作漫画や映画の何げない一こまに宿る時代考証を解説。昨年、原作の原画展を開いた呉市立美術館も協力している。

 物語で紡がれたヒロシマは、読者の想像力に訴え掛ける。アーサー・ビナードの絵本「ドームがたり」(玉川大学出版部)は、原爆ドームを擬人化して原爆の悲惨さを描く。朽木祥「八月の光 失われた声に耳をすませて」(小学館)は新装版として刊行。新たに加えた2編は、今につながる問題提起をはらむ。同じく朽木の「海に向かう足あと」(KADOKAWA)は、核戦争の「身近さ」を感じさせる。

 指田和「ヒロシマのいのち」(文研出版)は、広島壊滅の一報を発したとされ、5月に亡くなった岡ヨシエさんたちを取材してまとめた。

 7月、核兵器を非合法化する核兵器禁止条約が国連で採択された。広岩近広「核を葬れ! 森瀧市郎・春子父娘の非核活動記録」(藤原書店)は、被爆者で原水爆禁止運動をけん引した森瀧市郎と、それを引き継いだ娘春子の活動を追う。冨田宏治「核兵器禁止条約の意義と課題」(かもがわ出版)は、条約採択の経緯や意義を説く。

表現の広がり

伝承 絵画や映画も

 「原爆の図」で知られる丸木位里・俊夫妻の画業と思想が、東日本大震災を経てあらためて注目を浴びている。岡村幸宣の「《原爆の図》のある美術館」(岩波書店)は、創作の軌跡や現代に問い掛ける意義を記す。川村湊「銀幕のキノコ雲」(インパクト出版会)は、核に関する映画を分類、分析した。

 ともに広島で被爆したジャーナリスト関千枝子と作家中山士朗の共著「ヒロシマ往復書簡第Ⅲ集2014―2016」(西田書店)は、書簡形式で語り合う。写真家藤岡亜弥の写真集「川はゆく」(赤々舎)は、現在の日常からヒロシマの可視化を試みる。

 「舞台シナリオ はだしのゲン誕生」(柘植書房新社)は、漫画「はだしのゲン」の作者中沢啓治の半生を描いたミュージカルの脚本。広島市のイラストレーターまえだなおこが手掛けた「帰らない夏」は、被爆体験を家族で継承していく姿を漫画に仕立てた。旧制広島二中(現観音高)1年生の被爆の悲劇を追った「いしぶみ」が、オバマ氏の広島訪問を機に英訳された。

(2017年8月16日朝刊掲載)

年別アーカイブ