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連載・特集

『生きて』 医師・広島大名誉教授 鎌田七男さん(1937年~) <10> 進展

誇りとする教科書掲載

 被爆者を含む白血病患者の症例を、細胞から染色体、遺伝子レベルで追究した。広島大原爆放射能医学研究所での38年間を要約すれば、こういえるでしょう。

 健常な被爆者の骨髄細胞には染色体異常はないと思っていたが、爆心地500メートル圏内の近距離被爆者で初めて見つけた。被爆者白血病での異常頻度は一般の白血病より高く、放射線量に応じるのが分かった。では、異常はどこで起きているのか。ヒトに46本ある染色体の7番染色体を主軸に約40種類の異常が見いだされている。急性白血病の融合遺伝子のうち4種類を明らかにした。ステップを踏み進んでいったわけです。

 原爆被爆者という「特殊集団」は貴重な存在です。得られた所見は、「一般集団」で起こる病気の確定診断や治療に重要な情報を提供している。目の前で診る患者さんや検査データから発せられた疑問に鍛えられ、研究の進展を見ました。

 慢性骨髄性白血病の早期発見につながった所見も、被爆者の集団検診から得られたものです。白血球数が1立方ミリメートル当たり8千個ほどの時に好塩基球の増加が見られたら、この病気を疑わなければならない。それまでは、10万~20万個を数える時点で診断していたので治療が遅れていた。慢性白血病は6~7年かけて発症することも突き止めました。

 一連の所見を1978年に英語論文にまとめ、国際血液学会などでも発表した。世界的な「ウイントロープ臨床血液学」という教科書に掲載されました。今も誇りです。あまたの論文から認められ、医学者や治療の基準になったわけですから。

 原医研教授に85年に就いても、土曜日は出勤して染色体の最終診断を続けました。骨髄穿刺(せんし)にも長年応じてくださる患者さんを考えると、休めません。医局員や積極的に受け入れた留学生も協力してくれました。

 38年間で1万7655例の染色体を調べました。3分の2は冷凍細胞やDNAで保存し、2000年に退職した原医研(02年に原爆放射線医科学研究所に改称)に託しました。さらなる進展を願ったからです。

  「放射線誘発がん治療の科学的根幹になる」と評価され02年、「永井隆平和記念・長崎賞」を受けた

(2017年8月8日朝刊掲載)

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