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社説・コラム

天風録 『荒らされたチビチリガマ』

 「艦砲ヌ喰(ク)エ残(ヌク)サー」という沖縄の島言葉がある。「鉄の暴風」とも形容される艦砲射撃の地獄を生き延びた者たち、という意味である。辛酸をなめた人たちが、万感の思いで口にしてきたに違いない。そして死者への供養とも思い、忘れたい記憶を伝えてきた▲沖縄では、あまたのガマ(洞窟)に赤子まで含む住民が避難した末、戦闘に巻き込まれる。読谷(よみたん)村のチビチリガマでは「集団自決」で83人が犠牲になった。そのガマが何者かの侵入を受けたことが、きのう報じられた▲遺族にとっては、死者が何度もあやめられるような、堪えがたい苦痛だろう。本来立ち入れない内部の遺骨や遺品が荒らされ、千羽鶴まで引きちぎられていた▲広島では、平和記念公園の千羽鶴が焼かれたことが何度もある。原爆慰霊碑の碑文にペンキがかけられたこともあった。意見があれば、言葉という道具を用いればいい。あの戦争の過ちを先人はそう反省したはずだが▲沖縄戦の研究者、石原昌家さんは「ガマ体験」を勧めている。現場で証言を語り伝え、明かりを消す。闇の中で顔面蒼白(そうはく)になる若者もいるそうだ。卑劣な行いにもくじけず、過酷な記憶は伝えられていくと信じる。

(2017年9月14日朝刊掲載)

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