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[核なき世界への鍵] 被爆国 進むべき針路は 核兵器禁止条約 20日署名開始

 日本政府は、核兵器禁止条約に加盟せず、米国の「核の傘」に頼りながら、段階的な軍縮策を追求する道を行く。条約発効に向けて、20日には各国による署名が始まる。「唯一の戦争被爆国」が条約に加盟し、北朝鮮の核・ミサイル問題の打開にもつながる道はあるのか。(水川恭輔)

核軍縮 CTBTが柱 日本の立ち位置

 JR長野駅から車で約40分の気象庁松代地震観測所(長野市)。山裾から延びるトンネル状の坑道の先に、包括的核実験禁止条約(CTBT)に基づく監視網をなす地震計がある。深さ約60メートルに位置。地盤の固い立地で、10億分の1メートル単位で揺れを測定し、データはオーストリア・ウィーンにある同条約の機関準備委員会(CTBTO)に届く。

 「松代でも前回より大きい地震波の振幅が観測された」。外務省の委託を受ける日本気象協会の乙津(おつ)孝之室長は、北朝鮮が3日に強行した6回目の核実験の過去との違いをこう説明する。CTBTOはマグニチュード(M)6・1と分析。日本政府は爆発規模を「広島原爆の10倍の約160キロトン」と推定した。

 「爆発を伴う核実験」を禁じるCTBTが国連総会で採択されて21年。世界302カ所に監視施設が設けられ、松代もその一つ。日本政府は、核軍縮の柱の一つとしてCTBT推進を掲げ、昨年度は、北朝鮮の監視強化も念頭にCTBTOに約2億9千万円を拠出した。監視の人材育成へ、これまで70カ国185人を地震研修に招いた。

 しかし、政府が掲げる「核開発・質的改善の抑制」は見えない。米中などが未批准で発効せず、未署名の北朝鮮は核実験を6回重ねた。米国も爆発を伴わない臨界前実験などで核戦力の維持・近代化に進む。

 兵器用核分裂物質生産禁止(カットオフ)条約の早期交渉入り、核戦力を報告する共通フォームの導入…。日本の主張は、いずれも核兵器のない世界へ役立つステップだ。ただ、核保有国の反発で停滞。時に軍縮に逆行するかのような保有国の姿勢が、有志の非保有国が核兵器禁止条約制定を目指す動機の一つになった。

 CTBTの署名、批准を各国に促す「共同調整国」を日本とともに務めるカザフスタンも核兵器禁止条約の制定交渉に参加し、賛成した。一方の日本は、保有国と非保有国の対立を深めるとして、この条約の交渉開始から一貫して反対。制定後の8月、北朝鮮問題を巡る日米安全保障協議委員会(2プラス2)の際に、米国にCTBT批准への取り組みを求めたが、「核の傘」の提供も確認した。

 「核兵器禁止条約は日本の安保政策に相いれない」(外交筋)。同条約は核兵器のいかなる使用や使用するという威嚇、その援助・奨励を禁止する。核兵器の廃絶を掲げながら米国の核戦力に頼る日本の矛盾を改めてさらけ出した。

 日本が未署名のまま、有志国により条約が発効すれば、締約国会議にオブザーバーとして招かれる。出席すれば、被爆者の苦しみをはじめとした非人道性を理由に、核兵器を禁止する必要性を日本政府が諭される場面もあり得る。

包括的核実験禁止条約(CTBT)
 核爆発を伴うあらゆる核実験を禁じる。1996年に国連総会で採択され、日本含む183カ国が署名、同166カ国が批准した。発効には研究・発電用の原子炉を持つ44カ国の批准が必要だが、北朝鮮、インド、パキスタンが未署名、米国、中国、エジプト、イラン、イスラエルが未批准。地震、放射性核種、水中音波、微気圧振動から実験を探知する監視制度を定め、302観測施設が完成。日本は長野市松代など10カ所。ただ発効までは実験の疑いの現地査察などは十分に機能しない。

兵器用核分裂物質生産禁止(カットオフ)条約
 高濃縮ウランや兵器級プルトニウムなど核兵器の材料となる物質の生産禁止を目的とした条約。核兵器開発の抑制が狙いだが、交渉は足踏みしている。

非核地帯化で「傘」脱却 条約加盟への道筋

 安全保障を米国の核抑止力に依存する日本。非保有国主導で制定された核兵器禁止条約に反対しているが、個別の政策をみると禁止条約に沿う政策も数多い。「米国との軍事同盟関係にとどまっても『いかなる場合も核兵器の使用、威嚇を援助、奨励、勧誘しない』と決め、宣言すれば条約に入れる」。非政府組織(NGO)ピースボート(東京)の川崎哲共同代表は指摘する。

 こう宣言することを「核の傘」脱却と捉える。川崎氏は「日本を守る手段まで米国へ注文できないとの主張はあるが、被爆国は『核はいけない』と言うべきで、核戦争を抑制し得る」と言う。

 重要なステップになるのが「非核三原則」の法制化。国是ではあるが、核の傘支持者には、核の通過・寄港は認める「二・五原則」論がある上、北朝鮮の核実験で、与党の自民党から米国の核兵器を国内に持ち込み、配備する議論を求める声も出ているためだ。

 「禁止条約は北朝鮮の非核化に生かせる」。川崎氏はこうも提案する。米ロ英仏中の保有を認め、「不平等」との声もある核拡散防止条約(NPT)の脱退を宣言している北朝鮮にとって、どの国にも等しく保有を禁じる禁止条約に北朝鮮を含む関係各国が加盟するという解決策は、一方的に核放棄を求められるよりも受け入れやすいとの考えだ。NPTにない、廃棄の検証措置の骨格を盛り込んでいる点も非核化の利点に挙げる。

 一方、NPO法人ピースデポ(横浜市)の梅林宏道特別顧問は、日本の禁止条約加盟の環境づくりに、北東アジア非核兵器地帯化で核の傘を出るよう提唱。日韓朝3カ国が核を持たず、米ロ中3カ国も同地帯で核を使わないと定める構想だ。北朝鮮は昨年、朝鮮半島非核化を巡る対話の条件として「核攻撃・威嚇をしないという米国の誓約」などを要求してもいる。

 「互いに核の脅威をなくして安全を守ろうという非核地帯と禁止条約はともに促進し得る。日本政府もやる気になればできる」。梅林氏は条約を弾みにした非核地帯化の対話を期待する。

非核三原則
 「持たず」「つくらず」「持ち込ませず」という核兵器に関する日本政府の基本政策。1967年に佐藤栄作首相が表明。衆院本会議が71年、三原則順守を盛り込んだ決議を採択し、「国是」とされてきた。安倍晋三首相は今年8月6日、広島市での記者会見で、法制化は「必要ない」との考えを示した。

核拡散防止条約(NPT)
 1970年に発効し、76年に批准した日本を含む約190カ国が加盟。米ロ英仏中に核兵器保有を認める一方、核軍縮の交渉義務を課す。それ以外の国は核兵器の取得を禁止している。事実上の保有国イスラエルとインド、パキスタンは未加盟。北朝鮮は2003年に脱退を宣言した。

4禁止条約に署名 非人道兵器への対応

 戦後、憲法9条で戦争放棄を定めた日本は、同じ大量破壊兵器の生物兵器、化学兵器や、有志国が主導した対人地雷、クラスター弾の各禁止条約は初日に署名し、批准してきた。核兵器禁止条約に署名しなければ、非人道的な被害を体験した国として、核兵器廃絶を訴えてきた日本の存在感低下は避けられない。

 1997年制定の対人地雷禁止条約は当初、外務省や防衛庁は署名に後ろ向きだった。中国など主要生産国が加盟の意思がないことや、海岸線が長い日本の防衛への必要論が理由。大量に持っていた米国も署名しなかった。

 しかし、当時の小渕恵三外相が署名へかじを切る。地雷で両脚を奪われたカンボジアの被害者から廃絶を求める署名を受け取ってもいたという。米国との調整の末に署名、批准。自衛隊保有の約100万個を2003年までに廃棄した。

 続くクラスター弾も政府は当初、米国の交渉不参加などを念頭に「主要保有国が参加せず、実効性がない」と消極的だった。しかし、超党派の国会議員やNGOが推進し、当時の福田康夫首相が加盟へ方向づけた。15年までに約1万4千発を廃棄し、対人地雷とともに被害者支援も進めている。

(2017年9月17日朝刊掲載)

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