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[核なき世界への鍵 禁止条約に思う] 国際赤十字赤新月社連盟会長 近衛忠煇さん

社会的圧力で軍縮加速

 核兵器は、その恐るべき被害ゆえに、いったん使われたら、赤十字としてもお手上げだ。国連や政府、他の団体を含め、被害者に適切な救護をする能力は存在しない。「死の灰」による環境汚染、日照不足による食糧危機や飢餓状況の悪化も起こり得る。

 広島、長崎の被爆者は72年たっても、心身の苦痛を強いられている。意図的ではなくても、機械的・人為的なミス、ハッキングなどで核爆発が起こる懸念もある。とにかく核兵器の絶対数を減らさないとリスクが高まる。地球が何度も壊れる物を持つ理由がない。

  ≪戦地で中立の立場で救護を担い、被爆者治療にも携わる赤十字。核兵器の非人道性を強調し、禁止への議論をけん引してきた。≫

 核兵器禁止条約に核保有国が強く否定的反応を示している。それこそが、実効性の表れだ。保有国や「核の傘」の下にある国が当面は入らなくても、条約が政治的、経済的、社会的、人道的な圧力となり、軍縮を加速させられる。核兵器に依存する国々の市民社会に対して訴え掛け、世論喚起のきっかけになり得る。

 圧倒的多数の世論が核兵器反対となれば、現実問題としてますます使いにくくなる。そこが大きい。対人地雷、クラスター弾の禁止条約も同様だった。ただ、戦略的兵器の核兵器はそれらと比較にならないほど多くの資金、技術、人が関わる。大きなうねりを起こすのは容易ではない。条約に参加しない国々をいかに説得していくかは課題だ。

 ≪4月、赤十字は各国の組織が集う国際会議を長崎で開催。廃絶を訴える「長崎宣言」を採択した。≫

 世界中が国連の制裁をはじめ、努力を重ねても北朝鮮の核開発を止められていない。保有国が率先して核軍縮、禁止へと向かわないと、他国に核開発の放棄を訴える説得力に欠けるのではないか。保有国の「核の威嚇」に対抗するため、同様に持とうとする国も出てきかねない。

 日本政府には、保有国に対して軍縮、禁止を働き掛けてほしい。唯一の戦争における核被爆国として、赤十字が訴えてきた人道的影響を最も説得力を持って語れる立場。国際努力に積極的でないのは、寂しい。今後も各国の赤十字が自国の政府へ、条約への前向きな行動を促していく。(聞き手は水川恭輔)

このえ・ただてる
 1939年、旧熊本藩主細川家に生まれ、母方の近衛家に養子に入った。細川護熙元首相は実兄。太平洋戦争直前まで首相を務めた近衛文麿は祖父に当たる。1964年に日本赤十字社へ入り、2005年に社長。同年から国際赤十字・赤新月社連盟副会長を兼ね、09年に会長に就いた。

(2017年9月24日朝刊掲載)

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