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社説・コラム

『言』 ナチスと現代日本 相通じる危うさに認識を

◆秋田大名誉教授 対馬達雄さん

 ヒトラーが何百万人ものユダヤ人を虐殺して七十数年になる。ところが日本では今、政治家がナチスの政治や思想を不用意に語ったり、アイドルグループがナチス風衣装を着用したりして批判を浴びる。一方、欧州では難民の排除をうたう右派政党が台頭する。そんな風潮は何を物語るのか。日本の政治や社会に何が起きているのか。ナチズムやドイツ史を研究する秋田大名誉教授の対馬達雄さん(72)=倉敷市=に聞いた。(論説委員・田原直樹、写真も)

  ―失言を重ねる麻生太郎副総理らに何を感じますか。
 政治家の質の劣化を憂いますね。麻生氏は4年前、ワイマール憲法もいつの間にかナチスの憲法に変わっていたなどと、事実でないことを述べ、「手口を学んだらどうか」と放言しました。最近では「ヒトラーは動機が正しくてもだめだ」とも。ナチスの犯罪を知る人なら、そんな愚かなことは言いません。無知にも程があるし、ヒトラーを例え話にすること自体が歴史への冒瀆(ぼうとく)です。

  ―日銀審議委員や著名人にもヒトラー礼賛ととれる発言があり、根が深そうです。
 ナチスの罪深さは人間の尊厳を無視し、否定し、抹殺したこと。それを理解しないまま無頓着に語るから世界で批判されるのです。そうした軽薄な風潮がある社会に危機感を覚えます。

  ―危機感とは。
 1933年、首相となったヒトラーは、大統領に緊急措置令を出させて政敵を弾圧し、さらに自分自身に全権を委任させる「授権法」を成立させました。一方、今の日本の政治はどうか。自民党の改憲草案には、首相に権限を集中させる緊急事態条項があります。「国民と国家を防衛する」としてナチスは独裁を進めましたが、「国難突破解散」と銘打った安倍晋三首相と、私には重なって見えます。

  ―その危うさを国民は意識しているでしょうか。
 そうは思えませんね。活字離れやメディアの激変が要因でしょう。人々は断片的な情報や知識しか得なくなり、考える力を失い、右か左かという短絡的な思考になっています。支配には好都合で、ヒトラーも政治手法としました。自分の側か否かで区別し、味方には利益を与え、敵は排除するという手法です。小泉純一郎元首相の郵政改革もそう。ヒトラーの「手口」がずっと使われているのです。

  ―現政権にも危惧するところがありますか。
 安倍首相が先日、「民主主義の本質は選挙だ」と言ったのに驚きました。選挙に勝てば何でもできるという発想らしい。自分に反対する者を敵と見るのでしょうか。しかし真の民主主義は違う。対立を議論の中で昇華して合意形成したり、新しい思考をつくったりする、あいまいさというものがある。それが民主主義の原則です。

  ―先月、選挙があったドイツでは右派政党が躍進しました。
 難民が増え、事件も相次ぎ、文化が壊されるとの不安や怒りが国民にあるようです。でもメルケル首相は人道主義の理念を語り、ナチス的な政策、時代に戻してはいけないと訴えています。歴史に学び、冷静な議論を呼び掛けているのです。

  ―ドイツではナチスへの反省は根付いているんですか。
 例えば緊急事態条項には細かな歯止めがかけてあります。加えて国民の「抵抗権」を基本法に定め「闘う民主主義」と言われます。緊急事態条項はそれほど強く制約され、独裁や権力乱用が起きぬようにしています。

  ―自民党は衆院選の公約に緊急事態対応も含めた改憲を掲げました。
 注意が必要でしょう。国民に丁寧に説明するのか、あるいはほとんど語らず争点となるのを避けるのか分かりません。しっかり見極めねばなりません。

  ―1強政治が続くのを阻むには、国民はどうすべきですか。
 忌むべきナチスの時代について日本で安易に語られるのは、歴史認識が欠如し、警戒感が希薄なためです。きちんと歴史を学んだ上で、自分の頭で考え、責任ある投票をすることが大事です。「〇〇劇場」といった空気や、ワンフレーズで押し通すような主張に流されるようではひどい結果を招くでしょう。

つしま・たつお
 青森県五所川原市生まれ。東北大大学院教育学研究科博士課程中退。同大で助手を務めた後、秋田大で教育文化学部長、副学長などを歴任した。専門はドイツ近現代史。特にナチズムと教育を研究している。著書に「ヒトラーに抵抗した人々 反ナチ市民の勇気とは何か」(中公新書)など。

(2017年10月4日朝刊掲載)

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