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社説・コラム

天風録 『ICAN受賞へのうねり』

 まなこひとつ失(し)いしかなしみ深かれど/ひとすじのみち見えざらめやわ(森滝市郎)。あの日、ピカで右目の光を失った広島の哲学者が詠んだ。痩身(そうしん)白髪のその人の「人類は生きねばならぬ」という遺言をきのうの夕、あらためてかみしめた▲発表の瞬間、パソコンでネット中継をのぞいていた同僚たちが一斉にざわつく。核兵器禁止条約の実現に貢献した国際NGOのICANが、ことしのノーベル平和賞に決まった。号外のゲラ刷りが職場に出回るまでに、さして時間はかからなかった▲だが条約採択までの道のりは長かった。欧米の法律家たちが条約のモデルを作成してからでも、はや20年になる。その後も核実験はやまなかった▲それが「核兵器の非人道性」を訴える有志国にICANも加わり、ここ数年、新たなうねりが生まれた。やがて122カ国・地域の賛成でことし7月、条約が採択されるとは、隔世の感があると思った人も多いはずだ▲被爆者の運動を率いた哲学者はこうも言い残した。核を告発する闘いとは「世代にわたる息のながいたたかい」「いのちのたたかい」である―。2017年を、この「核の時代」を葬り去る再出発の年にきっとしよう。

(2017年10月7日朝刊掲載)

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