被爆証言

『記憶を受け継ぐ』 大田美穂子さん―むごい光景に涙も出ず

大田美穂子(おおた・みほこ)さん(84)=広島市西区

長男が背中押し初めて語る

 あの日の記憶は恐(おそ)ろしくて、家族にも話したことがありません。12歳で被爆した大田(旧姓稲葉)美穂子さん(84)がためらったのは原爆で同級生の多くを失い、黒焦(こ)げになった人たちを見たからです。しかし生き残る人が少なくなった今こそ口を開こうと決め、本紙記者とジュニアライターに初めて被爆体験を語りました。

 当時、広島女学院高等女学校(現広島女学院中)1年生。市役所に近い雑魚場(ざこば)町(現中区)で建物疎開作業をしましたが、原爆が落とされた日、自分のクラスの作業は休み。爆心地から約2キロの舟入川口町(現中区)の自宅にいました。

 朝、警戒(けいかい)警報が解除され玄関(げんかん)先の防空壕(ごう)から出て青空を仰(あお)いだ時でした。東に機影(きえい)を見つけ、「えっ、サイレンが鳴ってないのに」。防空頭巾(ずきん)をさっとかぶり直し玄関に入った瞬間(しゅんかん)、閃光(せんこう)が走りました。

 玄関のガラスが飛び散って足に突(つ)き刺(さ)さり、家の壁は爆風で倒(たお)れました。祖母とともに柱と柱の間から現れた3歳上の姉は、服が黒く焦げ、右手は皮膚(ひふ)が垂れ下がっています。前の家の女性は火ぶくれになって助けを求め、道には誰(だれ)かも分からない人がごろごろ。何もできません。

 約30分後、勤労奉仕(ほうし)から戻(もど)った母に思わず抱(だ)き付きました。けがのない姿がうれしかったのです。迫(せま)り来る火とは反対に、南に4人で避難(ひなん)。江波皿山近くの畑へ落ち着きました。目玉が飛び出たり、はみ出た腸を押(お)さえたりして歩く人が途中(とちゅう)で倒れていきました。

 翌日以降、知人を捜す母と歩いた街中の光景は強烈(きょうれつ)でした。江波に近い唯信寺には「うちの子は」と捜す人が駆(か)け付けていましたが、たくさんの遺体が境内で焼かれています。「ああ戦争はむごい」。涙(なみだ)も出ませんでした。

 上流川町(現中区)の母校も石の門柱のみでした。他のクラスの同級生や担任の先生の安否が心配でしたが、建物疎開中に被爆して犠牲(ぎせい)になったと後に分かりました。

 8月11日ごろ、軍隊にいた父の実家のある安村(現安佐南区)へ移り、終戦の日を迎えました。冬に牛田山に完成した仮校舎へ通いましたが、5クラスあった1年生は1クラスに。現在は大学となった専門学校の学生や教職員を含(ふく)めて、広島女学院の350人以上が亡くなりました。生き残った自分の運命が不思議に思えました。

 鋳造(ちゅうぞう)所を営む喜昭さん(1995年に63歳で死去)と19歳で結婚(けっこん)し、3人の子を育てた後は保護司を34年間務めました。優しく接すれば、相手の心も和らぐはず―。更生(こうせい)しようとする人を自宅に招いて食事するなど、社会に役立とうと励(はげ)みました。今は夫の残した会社の会長です。

 それでも毎年8月6日が近づくと心が沈(しず)みます。母校の慰霊祭には出席していますが、当時を知る元女学生の参列が年々減るのが気掛(が)かりです。北朝鮮の核実験のニュースに触(ふ)れ、「原爆の威力(いりょく)を知らないからでは」と強い不安を覚えました。体験を話しておかなければ再び核兵器が使われるのでは、と。

 語ることに葛藤(かっとう)した自らの背中を押してくれたのは「覚えているだけでも話してみたら」と勧(すす)める長男喜穂さん(65)でした。自宅の跡も72年ぶりに訪問しました。「あのむごたらしさを、核を使おうとする人はどう考えているのだろう」。涙ながらに語るうちに、今後も体験を伝えていく気持ちが芽生えました。(山本祐司)

私たち10代の感想

悔しさを想像 胸が痛む

 同級生のほとんどが亡くなり「自分が生きているのが不思議だった」と話す大田さん。その恐怖(きょうふ)と絶望、仲間を助けられなかった悔(くや)しさを想像すると胸が痛みました。今回、私は初めて被爆証言を取材しました。これまでは核兵器の恐ろしさに現実感がなかったのですが、大田さんに会って、一刻も早く核兵器をなくさないといけないと強く実感しました。(中2田所愛彩)

社会貢献 見習いたい姿

 戦後、保護司を34年間務めた大田さんは「社会貢献(こうけん)が生き残った自分の役割」と話します。相談に関わった人が結婚(けっこん)したり、一生懸命(けんめい)働いたりする話を聞くと、本当にうれしいそうです。この役割は、平和な世界に生まれた自分にも当てはまると思います。誰(だれ)にも優しく接する大田さんの姿を見習い、誰かの心を和らげられるような人になりたいです。(高2上長者春一)

(2017年10月16日朝刊掲載)
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