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核時代 見つめる手掛かり 「原爆を読む文化事典」編著 川口准教授に聞く

現在と結び付けて問題提起

 核を巡るさまざまな表現や論点を整理して紹介する「<原爆>を読む文化事典」(青弓社)が出版された。編著者は、原爆文学研究会で活動する広島大大学院教育学研究科の川口隆行准教授(46)。ヒロシマ・ナガサキを経て、核時代を生きることの意味を見つめる手掛かりとなる一冊だ。(石井雄一)

 「入門書と専門書の間をつなぐような事典を目指した」と川口准教授。「慰霊碑碑文論争」や「原爆乙女」といった70項目を抽出し、それぞれを「論争・事件史」や「イメージ再考」など4部に振り分けた。

 同研究会のメンバーを中心に30人が分担して執筆。「読む」事典を意識し、各項とも解説にとどまらず、現在と結び付けて問題提起している。

 事典を編む構想は、同研究会が発足した2001年ごろに芽生え、一度は頓挫。川口准教授が再始動させたのは12年だった。きっかけは東日本大震災。原発事故を伴った巨大な惨事に、原爆や原爆文学についてこれまで重ねてきた議論の重みを痛感し、仲間に呼び掛けたという。

 そんな思いを映すのが、例えば、第4部で取り上げた「復興」(斎藤一・筑波大准教授が執筆)。広島東洋カープに象徴される、市民のたくましさの影で記憶の風化が進むさまを、豊田清史の短歌「原爆ドーム 嘲(あざ)笑うがに浮きたたせ、今宵も明るし ナイターの喊(かん)声」を引いて指摘する。

 また、長崎で被爆者救護に尽くした永井隆博士が唱え、原爆死を世界平和のための尊い犠牲と捉える「浦上燔祭(はんさい)説」を解説。東日本大震災を「我欲の肥大化した日本への天罰」と評した石原慎太郎・元東京都知事たちの言説にも触れ、歴史が繰り返される現実を浮き彫りにする。

 川口准教授は福岡県出身で、広島大、同大学院で学んだ。自ら執筆した項目の一つ「朝鮮戦争反対運動」では、峠三吉の「原爆詩集」を考察。峠が朝鮮戦争という眼前の新たな戦争と向き合う中で、自身の被爆体験を呼び起こし、表現として再構成する推進力となったと推察する。

 「台湾民主化と反核」や「朝鮮半島と核危機」といった項目も盛り込んだ。なぜ台湾で脱原発が打ち出せて、日本ではできていないのか。朝鮮半島で核がどのように語られているのか。「世界に目を向ける中で、日本の問題も浮かび上がる。読者に新たな問題領域を発見してほしい」と期待を込める。

 巻末には人名索引も付く。A5判、396ページ。4104円。

(2017年11月7日朝刊掲載)

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