ニュース

沖縄と本土の「溝」 埋めたい 映画「その名は、カメジロー」 戦後史象徴する政治家追う

 ドキュメンタリー映画「米軍(アメリカ)が最も恐れた男 その名は、カメジロー」が、広島県内など各地で公開されている。戦後の沖縄で、民衆の側に立って占領軍や基地問題に向き合い続けた政治家、瀬長亀次郎(1907~2001年)の不屈の精神を、TBSテレビ所属の佐古忠彦監督が追った入魂の作だ。

 「沖縄から基地問題をリポートし、住民の怒りを伝えるたびに、本土との温度差や溝を感じないではいられない。それはなぜか、どうしたらいいのか」。かつて「筑紫哲也NEWS23」のキャスターを務め、長く沖縄報道に携わってきた佐古監督。本作の製作動機には、近年いっそう深まる、そんな実感や問いがあるという。

 「本土の人に、沖縄戦のイメージはある。今の基地反対運動のイメージも。でも、その間の戦後史が抜け落ちているのでは」。沖縄戦後史を象徴する人物、瀬長を見つめることに「溝」を埋めるヒントを求めた。

 現在の沖縄県豊見城(とみぐすく)市に生まれた瀬長は、戦前から沖縄で新聞記者として活躍。戦後、「沖縄人民党」の結成など反米的な言動で占領軍からにらまれる中、1956年、那覇市長に当選した。1年足らずで職を追われるも、沖縄の日本復帰(72年)を挟んで衆院議員を7期務めた。

 沖縄戦の記憶と、占領軍の圧政や基地被害に苦しむ人々の怒りを背にした弁舌は鋭く、演説会の熱気はすさまじかったという。那覇市長時代、軍の圧力で市の財源が締め上げられた際には、自発的な納税に訪れる市民が役所に列をなした逸話が残る。

 「政治的に右か左かを超え、米軍の横暴に『民族の誇り』を懸けて立ち向かった人」と佐古監督。資料や証言を集めて瀬長の実像に迫るほど、今の沖縄県民に重なるものを感じ、「抵抗」の根拠や意義が見えてきたという。それはまた、基地負担が重くのしかかる構造が、瀬長の時代から変わっていないことの証左でもある。

 中国地方では尾道市のシネマ尾道で17日まで、広島市西区の横川シネマで22日まで、岡山市北区のシネマ・クレールで24日まで上映中。(道面雅量)

(2017年11月14日朝刊掲載)
ページTOP