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イワクニ 地域と米軍基地 四半世紀前の約束 <上> 形骸化

 岩国市と山口県、国、米軍岩国基地(同市)でつくる「岩国日米協議会」という組織がある。米軍機の運用ルールなどを話し合う場だが、1991年を最後に開かれていない。四半世紀の年月を経て、その確認事項の一部は形骸化し、守られないケースも目立つ。米空母艦載機の岩国移転が本格化する中、市民の安心安全を担保できるのか。現状と課題を追う。

三が日 かすむ「訓練」自粛

 「ゴォーッ」。穏やかな年明けを迎えた岩国の街に爆音が響いた。正月ムードが漂う3日、岩国基地の動きは慌ただしかった。米海軍厚木基地(神奈川県)から移転してきた空母艦載機などが次々と飛び立った。午後0時半ごろには、わずか10分間に5機が相次いで離陸。基地の外から見ていた記者の頭上を、猛スピードで飛び去った。

 「正月三が日は訓練をしない」。岩国日米協議会の確認事項の一つだ。さらに市は昨年12月、緊急時を除き三が日の飛行自粛も基地に求めていた。

 記者が3日朝から基地近くを訪れたのは、市の要請にもかかわらず、前日の2日も米軍機が飛び交っていたからだ。3日は午前10時前から午後3時までの間、延べ約25機が離着陸を繰り返したのを確認した。着陸後すぐに離陸する「タッチ・アンド・ゴー」の訓練とみられる動きをした機体もあった。

 市が基地周辺に設けている騒音測定器は2、3の両日、70デシベル(新幹線車内に相当)以上の騒音を計34回記録。市民からは計11件の苦情が寄せられた。市によると、三が日に飛んだのは少なくとも6年連続という。

「任務上不可欠」

 滑走路北端から西に約3・5キロ離れた岩国白蛇神社(同市今津町)。詰め掛けた初詣客にも騒音は降り注いだ。「今年はやかましかった。何で三が日まで飛ぶんじゃ」。神社近くに住む男性(64)は語気を強めた。

 この三が日の飛行は、協議会の確認事項に反した「訓練」ではないのか―。基地は、中国新聞の取材に対し「減音の手続きと、米国、日本の2国間で定めた飛行規則に完全に適合する形で任務上不可欠な活動をした」などと説明した。確認事項に関する直接的な回答はなかった。

 市も4日、今回の飛行目的などを基地に尋ねたが、3週間が過ぎた25日現在、回答はない。

 協議会は1971年に設置。市街地上空の飛行高度なども含め、市民の安心安全や負担軽減を主眼とした確認事項は16項目に上る。ただ、これらに強制力はなく、米軍側の運用が優先されているのが実態だ。

 昨夏の盆期間中も、移転前の艦載機などが岩国基地を離着陸した。協議会の確認事項には「盆の13日から16日は飛ばないようにする」とある。三が日より厳格に静かな空を求める内容だ。

 しかし、当時の飛行について在日米海軍司令部(神奈川県横須賀市)は、中国新聞の取材に「必要不可欠な訓練」と明言。岩国市は基地に確認事項の順守を要請したが、これまでに返答はないという。

開かれぬ協議会

 確認事項の形骸化を反映するように、協議会も休眠状態にある。設置から20年後の91年、規約で「月例会」とされた会合が「必要の都度」の開催に変更された。以降、一度も開かれていない。

 「空白」の27年の間に、明らかに現状にそぐわなくなった確認事項もある。「(工場がある)基地北側へ2機以上の編隊で離陸しない」との項目。米軍機が編隊で飛び立つのは、今では見慣れた光景だ。

 きっかけは2010年、沖合約1キロに移設された滑走路の運用開始。基地司令官が「安全上、問題ない」と市側に実施への理解を求め、了承された。それなのに、この項目は残されたままだ。

 四半世紀前、地元と基地の間で結ばれた約束は今、かすんでいる。(松本恭治、藤田智)

(2018年1月26日朝刊掲載)

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