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連載・特集

[Peaceあすへのバトン] 山口大2年 浦田詩織さん

同世代の意識 高めたい

 茨城県であった全国青年弁論大会で「平和への祈りをカタチに―長崎の平和教育をひきつぐ」をテーマに話し、最優秀賞を受賞しました。

 あるいら立ちと落胆が、テーマを決めるきっかけになりました。昨年3月、日本政府が核兵器禁止条約の交渉会議には参加しないと表明したニュースです。帰省した長崎で地元紙が朝刊の1面で伝えたこの記事を読み、被爆国でありながら核兵器廃絶の先頭に立とうとしない政府に怒りを覚えました。

 しかし山口に戻ると、そんな話題なんてなかったかのように周りは冷めていました。被爆地との差に疑問が湧きました。「核兵器廃絶」と声高に叫ぶ日本人って、本当は核問題に意識が低いのでは―。

 教員を目指し、大学に入って初めて迎えた夏の出来事も頭をよぎりました。おととしの8月9日、友達と大学で昼食を取っていたら、午前11時2分になりそっと手を合わせました。「何しとん」と聞く友人に「きょう原爆の日」と答えると「そうなん」。知っていて当たり前と思っていたあの日の、あの時間が相手には分からなかったのです。

 同世代の意識をもっと知らないと大会の原稿は書けないと思い、山口大の学生にアンケートをしました。広島、長崎に原爆が投下された日と時間、出身県などを尋ねる問いを用意し、205人分を集めました。

 結果は私の予想を下回りました。正しく答えたのは3割に届かず、広島、長崎出身者を除くと1割もいませんでした。大学から学校現場に出向くチューターを務めていますが、小学3年のクラスで質問しても2、3人しか答えられませんでした。

 「昔、ある所に原爆が落とされて…」。そんな印象なのかもしれません。平和教育を十分に受けず、何も知らないまま大学に行っても関心が湧くはずもありません。自分が教員になって、長崎で教わった原爆の恐ろしさを子どもたちに伝えないと、本当に昔話になってしまう。そう考えて原稿を練り、大会では「一人一人が自分にできる行動を起こそう」と呼び掛けました。

 大会には3度目の挑戦で、初めて頂点に立ちました。高校2年の時には日本の加害を含めて戦争の歴史を学ぶ必要性を、大学1年では罪を犯した少年の更生支援について発表しましたが、いずれも自分の体験や取材を基にしました。もともと負けず嫌いで中学、高校時代は卓球に明け暮れましたが、弁論には勝ち負けよりも大事な力が潜んでいるように思います。

 それは自分の考えを理解してもらい、相手の気持ちを少しでも変えられる可能性です。未来につながる一歩を、聞いてくれた人と一緒に踏み出したいと望みます。(文・山本祐司、写真・天畠智則)

うらた・しおり
 長崎県佐々町出身。佐世保西高1年から弁論大会に出場し、山口大教育学部に進んでも続ける。文部科学大臣杯全国青年弁論大会(日本弁論連盟主催)では高校2年で優秀賞、大学1年で優良賞。昨年11月の第62回大会で最優秀賞に輝く。山口市在住。

(2018年1月29日朝刊掲載)

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