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社説・コラム

『潮流』 木戸ザケと「天のつぶ」

■論説委員 田原直樹

 戻ってくれたんですよ。感動して見とれました―。

 福島県楢葉町にある木戸川漁協の鈴木謙太郎さん(36)は2011年秋、木戸川を遡上(そじょう)するサケを見た。

 4年前に放流した稚魚の成長した姿。津波と原発事故にやられ、町は荒れ果てたというのに…。その感動を胸に鈴木さんはサケ増殖事業の復興へ走り続ける。

 先週、日本記者クラブの取材団で福島を巡った折、この若く熱い、ふ化場長に会った。壊滅的被害から立ち直っていく奮闘ぶりは、奥山文弥さん著「サケが帰ってきた!」に詳しい。

 震災前は稚魚1500万匹を放流。約0・5%の8万匹以上が帰っていた。だが町は立ち入り禁止になり津波被害も響き、4年間放流できなかった。それでもサケは毎年数千匹が遡上。12年からモニタリング調査したが放射性物質は検出されてない。遠洋を回遊するため影響はないらしい。

 今年は120万匹を放流予定と鈴木さんは目を輝かす。原発事故で大変な思いをし、風評被害もあろうに「東京電力への怒りは薄れた。廃炉へ頑張ってくれているから僕らも頑張る」。こちらが面食らうほどの前向きさだった。

 続いて「木戸の交民家」という古民家を訪ねた。若い住民グループが交流イベントの拠点にしている。

 昨年は海に近い水田で米作り。放射性物質は検出されなかった。メンバーの吉川彰浩さん(37)は元東電社員。「原発で自分たちが起こしたことに生涯向き合う」と覚悟を語る。

 収穫米「天のつぶ」を羽釜で炊いてくれた。粒立ったコメは少し甘みがあり、おいしい。ご飯のともに焼きザケが出た。木戸川で取れたサケだ。少ししょっぱいのが地域の味らしい。

 おかわりする。木戸ザケと天のつぶ。この地で生き続ける人々が思いを込め、育む恵みである。安心して頰張り、かみしめた。

(2018年2月17日朝刊掲載)

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