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無言の証人

一緒に逃げた辞書

学びの記憶 生涯大切に

あの日一緒に逃げた赤茶けた辞書は書き込みが残る=2015年、福冨司さん寄贈(撮影・高橋洋史)

≪無言の証人・赤茶けた辞書≫
 その国語の辞書を、少女は決して手放さなかった。広島に原爆が投下された、あの日でさえも。

 原爆資料館への寄贈者の母に当たる故大沢嘉津子さん。被爆当時は10歳、勉強好きな少女だった。爆心地から約2キロ、広島市千田町(現中区)で崩壊した自宅から逃げる時も愛用の辞書は一緒に持ち出した。父に背負われ、現在の海田町の親類宅に避難することになっても肌身離さずだった。

 戦後、自宅跡に戻ることはかなわなかった。被爆の記憶があまりに強烈だったのか生前、ほとんど体験は話さなかった。ただ逃げる道中の光景は地獄そのものであり、「臭いも忘れられない」とだけ語っていたという。

 運命を共にした辞書を、大沢さんは戦後もずっと大切にした。赤茶け、端が丸みを帯びるほどすり切れて今にも破けそうなほど。慎重にページをめくると何度も字を書いた跡が残っていた。漢字を練習したのだろうか。学びたくても思うように学べない時代―。辞書をめくっては未知の言葉と出合い、胸をときめかせた少女の姿を思い浮かべた。(山本祐司)

(2018年3月5日朝刊掲載)

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