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社説・コラム

『今を読む』 ヒロシマ学研究会世話人 田中聰司

北朝鮮の核と禁止条約 まず保有国の核廃棄から

 ののしり合いから一転、会談へ―。核兵器という魔物に取りつかれた米朝首脳の言動が世界を振り回し、画期的な核兵器禁止条約がかすんでいる。被爆国の存在感が薄い。

 この新条約と北朝鮮の核開発問題は、政界、学界、さらに市民運動でも、ほとんど別々の事柄のように論じられ、混迷している。双方を結び付け、重ね合わせてみる取り組みから、非核化への展望を探りたい。併せて、被爆国の立ち位置を確認し、私たちの役割を考えたい。

 禁止条約は、核拡散防止条約(NPT)が形骸化したために生まれたといえる。NPTが定めた核軍縮の責務を核保有国が果たさないからだ。「核なき世界」を唱えたオバマ前米大統領の政権下8年も核軍縮は進まず、米朝対話は途絶えた。この新国際法もまた、肝心の核保有国がそっぽを向き、北朝鮮も加盟しない。非核国だけの意思確認の域を出ず、前途多難だ。

 一方、米国ファースト、核保有国ファーストの身勝手が北朝鮮の暴走を許してきたともいえよう。脅威が増して国連の制裁が強まり、米国の圧力は小型核の導入戦略にまで拡大。北朝鮮は軍事的脅威の解消と体制保証を条件に朝鮮半島の非核化を表明しているが、会談の行方は不透明だ。本心は核保有国と認めさせること、との見方も強い。

 北朝鮮の非核化を進め、禁止条約に力を与える鍵は何だろうか。元来、核兵器の廃絶責務を真っ先に負う保有国が、他国が持つのはまかりならぬというのは理不尽、横暴と言わざるを得ない。核軍縮を怠れば核拡散を助長することは歴史が教えている。説得役を期待される中国やロシアも、かつては米国に対抗する「平和の核」と称して核実験を重ね、ため込んだ核を手放そうとしない。「あんたに言われたくない」と反論されれば、それまでである。

 ヒバクシャの絶対目標は、現存する1万5千発もの核兵器の絶滅を急ぐことだ。6カ国協議で非核化を言うなら、米中ロも同様に廃棄(削減)の意思を示して翻意を促すのが道理だろう。身をもって範を示すことが、納得―対話―実行に至る糸口ではないか。北朝鮮非核化に合意が生まれれば、それを朝鮮半島へ、北東アジアへと広げ、さらに世界の核兵器廃絶への道筋形成に望みが出てくる。こんな機運を醸成できれば、必然的に禁止条約の吸引力も高まるに違いない。北朝鮮の非核化を、その「始まり」としたい。

 この環境づくりこそ被爆国の役割と思う。政府は核保有国と非核国の「橋渡し役」を自認する。だが、米国と一体で北朝鮮に圧力をかけ、核抑止力、核の傘が必要だと条約に加わらない。核に頼りながら非核化を求める論法は矛盾がある。さらに小型核兵器を「歓迎」し、核軍拡競争に丸乗りするかのような姿に「橋渡し」を期待できるだろうか。

 政府、国会に役割を問うていかねばならない。政府提案の核兵器廃絶国連決議の骨子は「現実的な核軍縮」にとどまっている。それならそれで米国にどれだけ本気で核軍縮を要請してきたのか―忖度(そんたく)が過ぎないよう、言うべきことは言い、核軍縮を粘り強く迫っていく必要がある。同時に、米国にはどうあっても包括的核実験禁止条約(CTBT)を批准させねばならない。でないと北朝鮮への説得力がない。安全保障上、核の傘を今すぐ返上できないというなら、当面、傘を借りたままでも「核兵器をなくしながら傘もなくしていく」構想を示すべきだ。柔軟な思考力、タフな交渉力が不可欠である。

 最大の橋渡しとは核保有国と北朝鮮を道連れにして禁止条約に合流すること。それにはまず、ヒバクシャが求める核兵器廃絶署名に応じ、核の軍縮―廃絶交渉の要請に乗り出さねばならない。朝鮮半島の被爆者援護は非核化につながる宿題でもある。官民の非核特使派遣や署名活動も今後、核保有国と北朝鮮に的を絞りたい。原水禁運動、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN(アイキャン))、平和首長会議などが連携して活動を世界へ広げよう。

 魔物を退治しなければ、魔物を欲しがる者はなくならない。

 44年下関市生まれ。広島市で被爆。早稲田大卒。中国新聞社で報道部記者、論説委員などを務めた。現在は広島大客員講師、広島市原爆被害者の会事務局長。「広島市原爆被爆者援護行政史」などに執筆。

(2018年3月20日朝刊掲載)

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