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社説・コラム

天風録 『松原美代子さんの反核行脚』

 米国の友人から届いたメールに落胆したことがある。ヒロシマは繰り返してはならない、でも戦争終結のためには必要だった―。広島暮らしの経験があり、原爆について知識もあるはずなのに▲かの国では、そんな発想が少なからずある。米ソが核開発競争にしのぎを削った冷戦期はなおさらではなかったか。それでもめげずに渡米し、被爆の実情を訴えた女性がいた。先頃訃報を聞いた松原美代子さんである▲あの日、学徒として建物疎開作業中に閃光(せんこう)を浴び、顔などに大やけどを負った。就職や結婚で差別され「バカにされたくない一心で勉強した」。少しでも自分の言葉で、と独学した英語で世界を行脚し語りを続けた。常に周りに活動を支える若者がいたのも、彼女の熱意の証しだろう▲それだけに、米ロスアラモスで来年度に計画されていた原爆展が実現できないと知ったら、残念がったに違いない。退役軍人や住民の反対が理由ではなさそうだが、同じく計画中のハワイ真珠湾での開催も気掛かりだ▲「憎むべきは米国ではなく、戦争と核兵器」。外交や歴史の文脈ではなく、生身の人間として語り続けた、その人の言葉を海の向こうにいま一度届けたいと願う。

(2018年4月1日朝刊掲載)

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