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連載・特集

イワクニ 地域と米軍基地 ドイツ・イタリアから <9> 渓谷の惨事

低空飛行 スキー客犠牲

ルール無視 不安が現実に

 アルプスへ延びるつづら折りの山道を登ると、緑豊かな渓谷に小さな町が広がっていた。イタリア北部カバレーゼ町。標高約千メートルにあり、スキーリゾート地として知られる。この町で20年前、低空飛行訓練中の米軍機がロープウエーのケーブルを切断する事故を起こした。ゴンドラが落下し、乗っていたスキー客たち20人全員が死亡した。

 米軍機は1998年2月3日午後2時35分、町の東約90キロにあるアビアノ米空軍基地を飛び立った。約40分後、谷に飛来。ケーブルは谷を横切るように、地表から約100メートルの高さに張られていた。米軍機はケーブルの下をくぐり抜けようとして接触した。

 「いつか事故が起きると思っていた」とクララ・クリストフォレッティさん。75年から町で民宿を営む。民宿を兼ねる自宅は、谷底から約200メートルの高さの山腹にある。米軍機はたびたび自宅より低い高度で谷を飛び去った。息子が幼かった時、爆音におびえて何日か話さなくなったことがあったという。

ゲームが原因か

 イタリアの航空規定では、事故現場周辺の最低飛行高度は約600メートル。住民はルールを破る米軍機を見掛けるたび、町や州政府に苦情や不安を訴えた。クリストフォレッティさんは残念がった。「何も変わらなかった。事故が起きるまでは」

 事故の3年前の95年、イタリアと米国は、イタリア国内の米軍基地の運営ルールなどを定める「モデル実務取り決め」を交わした。米軍は全ての訓練についてイタリア側の事前承認を得て、国内法を守ると明記する。それなのになぜ、米軍機は超低空で飛んだのか。

 地元には以前から、米軍が「低空飛行ゲーム」を繰り返しているとのうわさがあった。事故直後、それを裏付けるかのようなビデオが米国のテレビ局で放送された。「一番低く飛んだ者にビールをおごる」。飛行中の機内で賭けに興じる米兵たちの様子だった。事故機とは別の機体だが、同じ基地の所属だった。

米で無罪評決に

 イタリア国内で反米感情が噴き出した。イタリア側はパイロットを自国で裁くよう要求したが、北大西洋条約機構(NATO)加盟国間の地位協定が立ちはだかった。裁判優先権は米国にある。結局、米国本土で軍法会議が開かれた。最低高度を下回る飛行の事実は認定されたものの、99年3月、パイロットは無罪評決を受けた。

 町外れの墓地を訪ねると、町が建てた慰霊碑があった。「飛行士の無謀な操縦の犠牲者たち。その消えることのない思い出に」。亡くなった20人の名とともに、そう刻まれていた。墓地の管理人パトルド・デルバイさん(57)は、今も花を手向けに訪れる遺族を見守る。「政府が住民の声を受け止めてくれていたら、こんな惨事は起きなかった」

 住民の不安を放置してきたイタリア政府も批判にさらされた。「事故は、米軍に対する政府の姿勢を変える転機になった」とイタリア議会の事故調査委員会委員で、元下院議員エルビオ・ルフィーノさん(66)。外交問題に発展する中、イタリア政府は、米軍に対する規制強化へと乗り出した。(明知隼二)

(2018年5月28日朝刊掲載)

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