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古里の空襲 語り継ぐ 山口県和木の養専寺 戦火の恐怖・平和を訴え 

子ども向け学習会や法要

 山口県和木町の浄土真宗本願寺派の養専寺が、太平洋戦争中にあった地元の空襲について伝え継ぐ活動を続けている。犠牲者を追悼する法要を毎年営み、子ども向けの平和学習にも力を入れる。当時を知る人が少なくなる中で、地元の寺として戦争の悲惨さと平和の大切さを訴える。(久行大輝)

 「爆弾が落ちてきて、たくさんの同僚が亡くなった。戦争は絶対にしてはいけない」。和木町和木の養専寺の本堂で20日にあった日曜学校。空襲を体験した村本美喜子さん(91)=同町=が、集まった町内の園児と小中学生の計15人に語り掛けた。

 「防空壕(ごう)を出て山の方へ必死で逃げた。辺りは火の海。高く上がった火柱が追ってくるようで恐ろしかった」「食べ物や着る物がたくさんある平和な世の中に暮らしていることに感謝し、争いが起きないよう仲良くしてください」。約20分間の村本さんの話に、子どもたちは真剣な表情で聞き入った。

40分で356人犠牲

 和木町史によると、1945年5月10日、今は三井化学岩国大竹工場となっている旧岩国陸軍燃料廠(しょう)の一帯が約40分間、米軍のB29爆撃機の空襲を受けた。燃料廠や興亜石油(現JXTGエネルギー)の従業員たち356人が犠牲になったとされる。村本さんは当時、燃料廠で働いていた。

 話を聞いた小学6年、井下紗弥佳さん(11)は「話し合って理解し合えば戦争は起きないと思う。思いやりの心を持って生活したい」と受け止める。村本さんのひ孫の小学6年、松本龍君(11)も参加し「今、当たり前にある服や食べ物が手に入らない時代があったことを忘れないようにする」と誓った。

 参加者は村本さんの話に続いて、戦時中に兵器などを造るため金属でできた釣り鐘や仏具を供出した養専寺の歴史について、元浄公昭住職(62)から説明を受けた。さらに、境内にある空襲の「殉職者之碑」に手を合わせ、碑の前で真宗の歌「恩徳讃」を合唱した。

 同寺は毎月1回、法話をしたり仏事作法を教えたりする日曜学校を開催している。空襲のあった5月は毎年、元浄住職が空襲をテーマに話をしており、ことしは体験者の話を直接聞く機会を設けた。元浄住職は「子どもたちが平和な世の中に生きていることの尊さを実感してもらえたのではないか」と手応えを強調する。

遺族らが高齢化

 同寺は終戦後から毎年5月10日に、追悼法要を営んでいる。今月10日の法要には、山口県内をはじめ東京や広島などに住む遺族たち計14人が参列。犠牲者を悼んだ。

 参列者は30年ほど前まで50人前後いたが、最近は高齢化などにより年々減っているという。

 元浄住職は「お寺として、戦争の記憶や平和を語り継ぐことはとても大切なこと。私も戦争を知らない世代だが、地元の悲劇を次の世代に伝えていきたい」と力を込める。

(2018年5月28日朝刊掲載)

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