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社説・コラム

社説 日米首脳会談 数々の懸念まだ晴れぬ

 安倍晋三首相は、米朝首脳会談を控えるトランプ米大統領と会談した。拉致問題も北朝鮮に提起するとの確約が取れ、核・ミサイルと並べて「何よりも大切な拉致問題」とする首相は、ひと息つけたかもしれない。

 ただ、拉致の解決には、当事国である北朝鮮との直接協議が欠かせない。首相も今回、日朝首脳会談に意欲を示したものの、北朝鮮が戦後賠償などを持ち出すのは目に見えている。植民地支配をはじめとする過去の清算にも向き合う覚悟をしっかりと示すべきだろう。

 問題はむしろ、それ以前の段階に横たわっていよう。日朝間に交渉のパイプがない現実である。米国頼みで拉致協議の展望を開こうとあくせくしたのが、何よりの証左といえる。

 拉致被害者らの再調査を約束したストックホルム合意以降、交渉は滞り、北朝鮮は「拉致問題は解決済み」としている。6カ国協議の面々では、韓国はもとより中国、ロシアも動く中、日本だけが蚊帳の外にあると認めざるを得ない。

 北朝鮮の非核化でも、果たして日米が「完全に一致している」(安倍首相)と本当に言い切れるのだろうか。

 会談後、トランプ氏は現時点での制裁解除こそ否定したものの、「最大限の圧力という言葉は使わない」と改めて言明。金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長を米国に招く案まで口にし、米朝対話が長引くこともほのめかした。

 北朝鮮に対し「国際社会が一致して、最大限の圧力を加えなければ」というのが、安倍政権の旗印だったはずである。

 発言が二転三転するトランプ流の「取引」に振り回されているというのが実態ではないか。非核化の道筋が定かではない現状で、軟化とも受け取られかねない姿勢を見せる米国に不安感が拭えない。

 トランプ氏は、北朝鮮の非核化後、経済支援を日本など近隣諸国に任せる意向も示している。拉致問題が進展しないまま、経済支援の協力を米側から促される懸念がある。

 安倍政権が繰り返す「完全かつ検証可能で、不可逆的な非核化」も、たとえ米朝会談で合意できたとしても大きな課題が残される。それが達成できたかどうかを、いったい誰が、どうやって判定するのか。それが判然としていない。

 北朝鮮が、首都の平壌以外、開放されていないからだ。核弾頭や生物・化学兵器を含む大量破壊兵器や弾道ミサイルを隠し持っている場所を突き止めるのは一筋縄ではいかない。

 気掛かりな点は、まだある。このところ、乱れが目立つ国際社会の足並みである。

 イラン核合意からの離脱や鉄鋼・アルミニウムの追加関税発動と、自国第一主義に突っ走るトランプ氏に対し、欧州連合(EU)を先頭とする各国が異を唱えている。

 先進7カ国(G7)を評し、フランスの閣僚が「G6プラス米国になろうとしている」とした指摘が、対立の根深さを物語っていよう。

 危機感からか、G7サミットに向かう安倍首相は「米朝会談に向かう大統領を後押しする力強いメッセージを発出したい」とした。国際社会で「名誉ある地位」(憲法前文)を目指す日本の外交力が試されている。

(2018年6月9日朝刊掲載)

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