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社説・コラム

天風録 『人の人たる道』

 銀色に鈍く光る、巨大な十字架を見たことがある。北九州市小倉の丘の上。趣旨を知る人はどれほどいるだろう。「国際連合軍記念十字架」と石碑に刻み、朝鮮戦争でたおれた兵を悼んでいる▲当時、日本は米軍が率いる国連軍の「後方基地」だった。亡きがらは冷凍されて門司の港へ。松本清張の小説「黒地の絵」には「≪棒鱈(ぼうたら)≫はすさまじい数だということだった」とある。不謹慎にも思えるが、兵たちは無残にも、そう表すしかない姿で船に押し込まれていたという▲今なお祖国に帰れない亡きがらも、おびただしい。彼らの遺骨の収集について、米朝は協力することになった▲朝鮮戦争は「忘れられた戦争」である―と、政治学者姜尚中(カン・サンジュン)さんは指摘する。それが「休戦」という名の戦争状態を、ここまで長引かせたという。巻き込まれた市井の人々を含め、半世紀にわたって骨も拾えない。人の人たる道が切り開かれるまでに、あまりにも長い時が流れた▲生きて帰ってもらいたい人たちもいる。日本人拉致を巡ってトランプ氏が言及したことを受け、日朝交渉を見守ろう。曽我ひとみさんの母、ミヨシさんは80代半ば。人の人たる道は万国に共通すると思いたい。

(2018年6月13日朝刊掲載)

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