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社説・コラム

北朝鮮の非核化 被爆国がなすべきことは

■特別編集委員 江種則貴

 見どころ、聞きどころはそれなりにあった。北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の硬い表情が何より印象的だったし、トランプ米大統領の声はいつになく、低く響いた。そんな主役2人のぎこちなさが、この歴史的な首脳会談が残した課題を如実に物語るように思えた。

 2人がにぎにぎしく署名した「シンガポール共同声明」は北朝鮮の非核化をうたう。しかし中身は抽象的であり、仮に約束を果たせない事態に陥ったとしても、どうにでも言い逃れできる。2国間の約束事は往々にしてそうだとはいえ、この文書を世紀の歴史的合意だと後世が評価するとは思いにくい。

 「新たな米朝関係の確立が、朝鮮半島と世界の平和と繁栄に寄与すると確信し、相互の信頼醸成によって朝鮮半島の非核化ができることを認識し…」

 「北朝鮮は朝鮮半島における完全非核化に向けて努力すると約束する」

 はやり言葉となった「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」の四つの頭文字CVIDのうち、かろうじて「完全のC」だけが入った。最大の物足りなさは、そうしたあいまいさだ。

 ただ、あくまでスタートラインと思えば、こんなものだろうか。肝心なのはまさに、文書の中身ではなく、これからなのだ。両国だけでなく、私たち被爆国の言葉と行動も問われる。

 その意味で、声明に盛り込まれた文言のうち、気になる2点を指摘しておきたい。「米朝間の信頼醸成」を非核化への前提と位置付けたこと。そして「北朝鮮の非核化」ではなく「朝鮮半島の非核化」としたことだ。

 至極当たり前の言葉遣いのようだが、いずれも言い訳に使える。「相手が信頼できなくなった」と言い捨てるだけで約束をほごにできるし、北朝鮮からすれば、米国が韓国に差し掛ける「核の傘」を問題視するだけで議論を白紙に戻せるのだ。

 ならば、抜け道をふさぐための提案をしたい。

 一つは、対話の積み重ねによる信頼醸成にとどまらず、核開発に縛りをかける国際的な枠組みを有効活用したい。まず北朝鮮は、かつて自ら脱退を宣言した核拡散防止条約(NPT)に無条件で復帰すべきだ。

 さらに包括的核実験禁止条約(CTBT)への加盟である。もちろん米国も、この期に及んで批准をためらっている場合ではない。これまでの米国の態度はCTBTの発効を遅らせる大きな障害となってきた。そうした傍若無人の振る舞いこそが結果的に、他国の核開発を促してきたのではなかったか。

 もう一つは非核地帯条約の締結である。朝鮮半島で核兵器の開発や保有を禁じる。加えて米国だけでなく、隣接する中国やロシアの核兵器保有国も、北朝鮮と韓国を核攻撃しないと約束し、朝鮮半島や周辺海域に核兵器を持ち込んだり、上空を運んだりすることもしない。共同声明を実行するには格好の条約であることは、米朝両首脳も分かっているはずだ。

 わが国は、これらの橋渡し役を果たすことを外交目標の柱に据えたい。東アジアの緊張緩和に関わるだけに、積極的に発言すればいい。何より被爆国として、これまでのように蚊帳の外に居続けるわけにはいかない。

 むろん「核の傘」に頼る自国の安全保障とも直結する話だ。核抑止論への賛否をはじめ、さまざまな考え方があろう。核兵器禁止条約への賛同がにわかには難しいとしても、議論を加速すればいい。

 第2次大戦後の世界が示すのは、核抑止が核拡散防止には全く無力であるばかりか、むしろ逆効果をもたらしてきた歴史ではないか。人類が核戦争を免れてきたのは、ヒロシマ、ナガサキの惨劇を繰り返してはならないという被爆者の叫びが伝わったからこそではなかったか。

 核保有国の首脳たちが核兵器廃絶の誓いを交わす「ヒロシマ共同声明」は決して、夢物語ではない。

(2018年6月17日朝刊掲載)

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