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連載・特集

[イワクニ 地域と米軍基地] 騒音被害 生活にじわり

 在日米軍再編に伴う厚木基地(神奈川県)から岩国基地(岩国市)への空母艦載機約60機の移転は、今月末で完了から3カ月を迎える。極東最大級へと変貌した基地は、地域にまず、騒音被害の悪化をもたらした。ただ、巨大基地の変化はこれで終わったわけではない。軍事機能の強化が進み、激しい騒音を伴う訓練が行われる可能性もある。再編の現状とともに、移転の影響と残された課題をまとめた。(久保田剛、明知隼二、馬上稔子)

移転完了後5.9倍も 近隣市町も悪化

 空母艦載機約60機の移転に伴い、岩国基地と周辺では騒音被害が拡大し、極東最大級の航空基地になった影響が顕著に表れている。岩国市や国は一定期間、調査した上で影響を見極める構えだが、既に住民の苦情は増加している。今後、どこまで騒音被害が広がるか、まだ見通せない。

 厚木基地からの移転は昨年8月に始まった。第1陣はE2D早期警戒機5機。11~12月に艦載機の主力、FA18スーパーホーネット戦闘攻撃機2部隊(24機程度)などが飛来して本格化した。今年3月末、残るスーパーホーネット2部隊の配備で完了した。

 国や自治体は、米軍機による騒音被害を把握するため騒音測定器を各地に設置している。広島、山口、島根の3県の14市町に計60カ所ある。うち、移転開始前の昨年7月と完了後の今年4月を比較できる13市町53カ所のデータを集計した。

 騒音は基地周辺が突出している。基地南側の岩国市尾津町では4月に1311回、北側の川口町では1127回を記録。7月からは尾津町が5・9倍、川口町が4・8倍になった。5月には両地点ともさらに増え、尾津町1402回(前月比91回増)、川口町1154回(27回増)。2010年の滑走路沖合移設後の月別最多を2カ月連続で更新した。

 中国新聞が実施した基地の離着陸回数などの運用状況調査では、昨年11月の1週間で計811回だったのが、4月の1週間では1059回と1・3倍に。うち米軍機は2・6倍で、移転に伴って運用が活発化した現状を裏付けた。

 騒音被害は近隣市町にも拡大している。米軍機の飛行ルートの直下にある大竹市の離島、阿多田島では4月に477回と6倍に。廿日市市の団地にある阿品台市民センターも48回と6倍になった。

 一方、米軍機の訓練空域「エリア567」が広がる西中国山地では昨年秋に騒音が目立った。10月には、広島県北広島町の上空で、米軍機が、ミサイルをかく乱するための火炎弾「フレア」の射出訓練を実施。火の玉が発射されるのを目撃した住民に不安が広がった。8、9月には北朝鮮が弾道ミサイルを発射し、6回目の核実験を実施していた。朝鮮半島情勢が緊迫化する中、訓練を活発化させた可能性をうかがわせた。

 また今年5月には、同町上空で艦載機が訓練とみられる飛行を繰り返していたのを中国新聞のカメラマンが撮影した。艦載機が西中国山地で確認されたのは初めてだった。

 岩国に移る前の艦載機は、厚木基地から北に約120キロ離れた群馬県上空で低空飛行訓練を繰り返していた。西中国山地ではこれまで海兵隊機による訓練が多く目撃されていた。今後、艦載機の訓練も加わり、騒音被害が増す可能性もある。

■機能強化

最新鋭機 着々と配備

 移転してきた空母艦載機約60機が加わり、所属機が一気に約120機となった米軍岩国基地。米空軍嘉手納基地(沖縄県)と並ぶ航空戦力を抱える基地になった。米軍は、岩国の配備機の一部を、最新鋭ステルス戦闘機F35に転換する計画を打ち出している。軍拡が著しい中国を念頭に、今後は「質」の強化が進む見通しだ。

 レーダーに映りにくく、他機体やイージス艦などと情報を共有できるF35。岩国では2017年11月までに、海兵隊仕様のF35B16機が配備された。米国本土以外では初めての配備だった。海兵隊は「2018航空計画」で、31年までに現行機を順次、F35に切り替えると公表。計画が完了すれば、岩国の海兵隊機の半分程度をF35Bが占めることになる。海軍も21年以降、岩国の艦載機の1部隊を海軍仕様のF35Cに置き換える予定でいる。

 一方、航空自衛隊も今年1月、空軍仕様のF35Aの導入を開始した。5月には岩国のF35Bと共同訓練を初めて実施。F35は、日米の連携強化の象徴ともなっている。

 米朝交渉の行方次第で、岩国基地の役割が拡大する懸念もある。トランプ米大統領が北朝鮮との対話中の米韓軍事演習中止を表明し、在韓米軍の将来的な撤収の可能性にも踏み込んだ。そうなれば「最前線」が朝鮮半島南端まで下がり、岩国の存在感が増すと指摘する専門家もいる。米軍の戦略の中で岩国が翻弄(ほんろう)される構図は今後も変わらない。

■負担の行方

訓練地 見えぬ着地点

 空母艦載機が、陸上の滑走路を空母の甲板に見立てて行う陸上空母離着陸訓練(FCLP)。着陸直後に再び離陸する「タッチ・アンド・ゴー」による激しい騒音を伴うため岩国市は岩国基地でFCLPをしないことを条件に艦載機の移転を容認した。日本政府は米側が望む訓練場所をまだ確保できておらず、岩国で実施される可能性が残る。

 米軍は現在、FCLPを厚木基地の南約1200キロの硫黄島(東京)で暫定的に実施。岩国への移転で片道距離が約1400キロに延びたため、米側はより近い訓練場所の確保を求めている。訓練時には、天候不良などのため硫黄島を使えない場合の予備施設として、岩国や厚木など国内の米軍基地を指定している。

 日米両政府は2011年6月、鹿児島県西之表市の離島・馬毛島を候補地とする方針で合意。日本政府は新たな自衛隊施設を設け、FCLPの恒久的な施設として米軍に提供する考えだ。しかし、島の99%以上を所有する企業との土地取得交渉に進展は見えない。

 昨年3月の同市の市長選では反対を掲げた新人が当選。宇宙関連事業の誘致など島の活用策を提案し、反対姿勢を鮮明にしている。市企画課は「反対の民意は示されている」。市の頭越しで交渉が進められてきたとして懸念を深める。

 防衛省は中国新聞の取材に「馬毛島を候補地に検討を進めているが、交渉の中身についてはコメントを控える」との説明を繰り返す。爆音を振りまく訓練場所の行方は、いまだ見えない。

■再編交付金

進む依存 懸念の声も

 米軍再編による負担の見返りとして、国が地元の自治体に毎年度支給している再編交付金。岩国基地関連では、岩国市、大竹市、山口県和木町、周防大島町の2市2町と同県が対象だ。住民生活を支える重要な施策に生かされている一方、「基地マネー」への依存は進み、自立したまちづくりを妨げるとの指摘がある。

 2007年度から受け取る岩国市は、小中学生の医療費無料化などに活用。本年度は、国天然記念物「岩国のシロヘビ」の放飼場の移築や魚礁整備に充てる。

 他の市町も、認定こども園建設(和木町)、医療体制確保の基金積み立て(周防大島町)などに活用。県境を越えて米軍機の騒音などの影響を受ける大竹市は、阿多田島の診療所運営費などの財源にしている。

 都道府県対象の再編交付金を受けているのは全国で山口県だけ。空母艦載機移転を受けて県は国に拡充を要望。前年度比2・5倍の交付金を受け取り、本年度当初予算に57億900万円を計上した。岩国市などでの企業誘致の支援事業などに充てる。

 岩国市の本年度の基地関連の交付金、補助金は計138億6500万円。一般会計の17・3%を占め、総額、割合とも過去最高になった。国は22年度までが支給期限の交付金に代わる財源措置も検討している。

 国は交付金を米軍再編への協力の度合いや再編の進展に応じて支給している。市議会の一部には「今後、新たな負担を強いられても反対できるか。基地依存が進む」と懸念する声もある。市は「給食費無償化など独自事業の展開に、有利な財源を活用するのは市の責務。基地関連予算だけに頼っているわけではない」と主張する。

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在日米軍再編の現状

沖縄の負担軽減 道半ば自衛隊との連携拡大

 在日米軍の再編は、世界規模の米軍合理化の中でその抑止力を維持し、地元負担の軽減も目指した。日米両政府が最終合意してから約12年。再編に組み込まれた岩国への空母艦載機移転は完了したものの、大きな柱である沖縄の負担軽減は道半ばだ。一方で、米軍と自衛隊の一体化は着実に進んでいる。

 市街地にあり「世界一危険な基地」と言われる沖縄県宜野湾市の普天間飛行場。当初は2014年に移設が完了する計画だった。しかし、名護市辺野古への移設を「唯一の解決策」とする日本政府と、県外移設を求める県の対立は法廷闘争に発展。政府は昨年4月、辺野古沖の埋め立てに向けた護岸工事に着手。返還は「22年度かその後」となった。

 沖縄の海兵隊員をグアムに移す計画も遅れている。実現性を疑問視した米国議会が関連予算の執行を一時凍結するなどしたためだ。日米は海兵隊約1万9千人のうち約4千人をグアム、約5千人をハワイなどに移す計画を、普天間問題と切り離して進めることで合意。しかし、現実的には連動している。グアム移転開始時期について日米両政府は新たに「20年代前半」と設定したが、これも遅れる可能性がある。

 普天間返還が滞る一方で部隊と訓練の移転は進んだ。14年8月、KC130空中給油機部隊が同基地から岩国基地へ移った。岩国、嘉手納(沖縄県)、三沢(青森県)の各米軍基地の一部訓練は、航空自衛隊千歳(北海道)など6基地に移転。岩国基地の米軍戦闘機と自衛隊の共同訓練も三沢や千歳で行われるようになった。

 米軍と自衛隊の連携は拡大した。領空侵犯や弾道ミサイルに対処する空自の中枢「航空総隊司令部」は12年3月、米軍横田基地(東京)に移った。日米はミサイル防衛(MD)の拠点「共同統合運用調整所」を新設し、情報共有を進めた。陸上自衛隊中央即応集団と在日米陸軍の司令部もキャンプ座間(神奈川県)にそろい、指揮機能の一体化が進んだ。

厚木基地周辺

大幅に騒音減少 飛来なお続く

 岩国基地への移転前に空母艦載機が所属していた厚木基地周辺の騒音は、以前より大きく減少した。しかし、艦載機を含めた米軍機の飛来が続いている。地元には、艦載機の拠点として引き続き使われることへの懸念が根強い。

 厚木基地が広がる綾瀬市によると、基地南側の上土棚北地区で、移転完了後の今年4月の騒音測定回数は969回。前年同月(1461回)の3分の2になった。近くの住民は「テレビの音をかき消す騒音はなくなった」と移転の影響を実感する。

 ただ、昨年8月の移転開始後も、1カ月の騒音回数は600回台~1600回台で推移。岩国と比べても活発な運用が目立つ。

 米軍は、艦載機が訓練や給油などをするため、今後も折に触れて厚木基地を使うとしている。今年5月、東京・硫黄島で行われた艦載機の陸上空母離着陸訓練(FCLP)の際も厚木は予備施設に指定された。綾瀬市は「短期間で判断できない。運用や騒音状況を注視していく」とする。

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アジア情勢変動 増す重要性

多摩大ルール形成戦略研究所副所長 ブラッド・グロッサーマン氏

 岩国基地への艦載機移転完了で、在日米軍再編に関する岩国を巡る動きは区切りを迎えた。朝鮮半島を軸にアジア情勢が大きく動く中、在日米軍や岩国基地の位置付けに変化はあるのか。アジアの安全保障に詳しい多摩大ルール形成戦略研究所(東京)のブラッド・グロッサーマン副所長に今後の展望を聞いた。

  ―在日米軍の再編は2006年の最終合意から12年たちました。評価は。
 再編には米国の軍事戦略はもちろん、日本の安保環境や国内事情が反映している。軍事力が移る再編には、対象地域で反発が生じるのは必然だ。岩国では新たな設備が整い、基地内の再構成が進んだ。基地が集中する沖縄の問題も非常に難しくなった。そうした環境の中でも多くの部分が実行されたと言える。

  ―米朝首脳会談を受け、米韓は8月に予定していた米韓合同指揮所演習の中止を発表しました。トランプ米大統領は在韓米軍の将来的な縮小、撤退も示唆しています。
 米韓が今後、合同演習を全くしなくなれば、両国の防衛能力は潜在的に弱まる。在韓米軍が縮小、撤退されれば在日米軍が強化される可能性はある。しかし、大統領の言葉だけで、これほどの大きな変革を実現するのは難しい。戦略的な観点を持つアドバイザーや政府関係者が「無謀」とみれば、反対したり実行を遅らせたりするだろう。

  ―岩国基地の役割に変化はあるのでしょうか。
 艦載機を岩国に移した戦略的理由は、岩国が朝鮮半島に近いという地理的なものだ。ただ決定時、それよりも日本側の政治的理由の方が大きかった。沖縄の負担軽減や厚木基地周辺の騒音問題の解決という日本国内の負担バランスを考慮したからだ。朝鮮半島を中心にアジア情勢が大きく変動する今後、岩国は重要になる。

 在日米軍は朝鮮半島だけでなく、中国を含めたアジア地域全体に焦点を当てている。再編合意後も日本とアジアを取り巻く環境は速いスピードで変わっている。米国にとって日本は重要であり続ける。

 1991年から2001年までジャパンタイムズ編集委員。17年、多摩大ルール形成戦略研究所客員教授に就任し、18年5月から現職。米ハワイ州のシンクタンク「パシフィックフォーラムCSIS」のシニアアドバイザーも務める。専門は米国外交政策とアジアの安全保障。

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■在日米軍再編の主な動き

2006年5月 日米両政府が、空母艦載機約60機の岩国移転、普天間飛         行場の名護市辺野古沖への移設などを含む在日米軍再編最         終報告に合意
07年12月  米陸軍第1軍団の前方司令部がキャンプ座間に発足
08年2月   岩国市長選で、艦載機移転容認派が推す福田良彦氏が初当選
12年3月   山口県住宅供給公社と国の間で、米軍住宅用地となる愛宕         山地域開発事業跡地の売買契約成立▽空自の航空総隊司令         部が横田基地に移転完了
  12月   国内2カ所目となる軍民共用の岩国錦帯橋空港開港
13年1月   国が、艦載機移転時期について、3年ほど遅れ17年         ごろの見込みと山口県と岩国市に伝達
   3月   テロ対策など担当する陸自中央即応集団の司令部が朝霞駐         屯地(東京)からキャンプ座間に移転
  10月   沖縄の海兵隊約1万9千人のうち約4千人をグアムに移転         する計画で、日米両政府が2020年代前半の開始で合意
  12月   沖縄県が辺野古埋め立てを承認
14年8月   普天間飛行場から岩国基地へ、KC130空中給油機部隊         の移転完了
  11月   沖縄県知事選で辺野古移設反対の翁長雄志(おなが・たけ         し)氏が当選
16年12月  翁長知事の辺野古埋め立て承認取り消しを最高裁が「違         法」と判断。沖縄県の敗訴確定
17年1月   国が、艦載機の岩国移転開始時期を「早ければ7月以降」         と山口県と岩国市に伝達
   4月   政府が辺野古埋め立てに向けた護岸工事に着手
   6月   岩国市と山口県が艦載機の移転容認を表明
   8月   艦載機の段階的移転が開始
18年3月   艦載機全部隊の移転完了

(2018年6月21日朝刊掲載)

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