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“ヒロシマの悲劇”いま直視 法王 被爆資料に大きな衝撃 絶句、悲痛な表情

「主の思いは平和」と記帳

 悲しそうな目をし、じっと苦痛をこらえるような表情。悲惨な被爆の“証人”に見入った「平和の巡礼者」は、しばし絶句した。25日、人類最初の被爆地・広島を訪れたローマ法王ヨハネ・パウロ二世は、正午すぎから20分間、平和記念公園内の原爆資料館を見学し、記名帳に旧約聖書の言葉をラテン語でサインした。「私の思いは平和の考えであって、苦痛の思いではないと主はおおせられる」-と。

 高橋昭博館長の案内で原爆資料館へ。まず高橋館長が「広島に投下されたものと同じ型の原爆の写真です。ウラニウム1キログラムで、焼イ(夷)弾に換算するとB29爆撃機で4千機分になります」と説明を始めた。法王は「400ですか、4千ですか」とすぐに確かめの質問。だが、焼けただれた皮膚を垂らし、がれきの町をさ迷う被爆者のロウ人形を見たころから、言葉は出なくなった。額に深いしわができ、首をかしげ、胸に手をやった。時折、目をしばたかせる。

 「眼球が飛び出、上半身に無数のガラスが突き刺さり、皮膚がめくれて赤みが出た。これは無数にあった一部で、現実はもっとひどいものだった」。高橋館長のたんたんとした説明だけが館内に響く。「私も中学2年の時被爆して、体中を焼かれた」とケロイドの跡を見せる高橋館長に大きくうなずいた。

 熱線でとけた針、コイン、クギ、焼けただれた被爆者の救護活動を撮った写真、ケロイド写真…。短い時間しか設定されていなかったが、見たいと思った資料の前では立ち止まり、食い入るように見つめる。一瞬の熱線を浴びて被爆者の人影が残った「影の石」を見た後、高橋館長は法王に訴えた。「私たちはすべての核兵器に反対しています。それが37万被爆者の願いです。今度、核戦争が起きると世界は破滅します。今後も核廃絶を訴え、世界平和のために尽力を」と。法王は「ありがとう」と固く手を握りしめた。

 記名帳へのサインの申し出は、予定外のことだった。法王は一瞬、戸惑いの色をみせ、3分間、祈りをこめて黙想。そして、ペンをとった。想像以上の原爆の悲惨さに絶句した思いが「私の思いは平和の考えであって、苦痛の思いではないと主はおおせられる」の中に込められた。平和アピールで核廃絶を全世界に訴えた法王に、原爆資料館の20分間は長かったのか、短かったのか-。周囲の人は知る余地もなかった。

(1981年2月26日朝刊掲載)

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