連載・特集

廃絶の道筋 なお模索 核兵器禁止条約 採択1年

 「広島・長崎」の非人道性を原点に、核兵器を全面的に禁じる初の国際条約の核兵器禁止条約が国連で採択されて7日で1年。6月末時点で59カ国が署名、10カ国が批准したが、核兵器保有国や日本などの同盟国は背を向けたままだ。6月12日にあった米朝首脳会談で核を巡る国際情勢が岐路を迎える中、条約が描く廃絶の道筋を進む動きは広がっているのか。被爆地や海外の被爆者、市民の活動とともに展望する。(水川恭輔)

「半島非核化」 条約が鍵 米朝会談受けICAN訴え

 ノーベル平和賞を受賞した非政府組織(NGO)「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN(アイキャン)、本部スイス・ジュネーブ)。1月に広島市を訪れたベアトリス・フィン事務局長(35)は6月12日、シンガポールで記者会見に臨んだ。米朝首脳が署名した「朝鮮半島の完全な非核化」の合意文書に関する声明を発するためだ。

 「真に国際法に基づく核兵器禁止条約に署名すべきだ。条約はツイートすることはなく、帰りの飛行機で気が変わることもない」。米朝合意の具体性の薄さや首脳の「気まぐれ」による履行の不確実性を念頭に、「検証可能で不可逆」(声明)な核放棄を法的拘束力を持たせて進めようとする条約の意義を強調した。

 ICANは外交で解決を目指す姿勢は歓迎。会談前日、米朝の条約批准などを含む非核化の「5ステップ」を政策提案した。加えて、川崎哲(あきら)国際運営委員(49)は「交渉に核兵器の非人道性の視点と市民社会の関与が抜け落ちている」と指摘する。

 禁止条約は被爆者たち市民社会の訴えを背に核兵器を「絶対悪」とし、核抑止力を安全保障上「善」「必要悪」と捉える保有国や同盟国に政策転換を迫って速やかな廃絶を目指す。ICANは米朝の交渉のベースを「絶対悪」に置き、条約支持を広げるために、今後の協議への関与も探る。

 ただ、米国など保有国からの圧力が条約の勢いを鈍らせていると見る向きも強い。昨年の条約採決では122カ国・地域が賛成したが、署名数は半数弱。30カ国あるとされる日本のような「核の傘」依存国が条約に入るかどうかが試金石の一つだが、まだゼロだ。

 5年に1度、各国が核軍縮策を議論する核拡散防止条約(NPT)再検討会議の2020年春の次回に向けた今年春の準備会合も、保有国や「傘」の国は核抑止力を必要とする立場を堅持。議長総括は、禁止条約の賛否の両論併記となった。

 ICANの調査によると、署名国は順次、国会承認などの批准手続きを進める意向。発効要件の50カ国に来年にも達するペースという。禁止条約が「補強」を目指すNPTの再検討会議の前が視野。批准国が同会議で、核兵器は既に国際法で全面的に禁じられていると保有国に廃絶をより強く迫る展開が見込まれる。

 20年はNPT発効から50年の節目。6条で「核軍縮の誠実交渉」を義務づけられながら、半世紀後も世界にはNPT未加盟国を含む9カ国計約1万4500発の核兵器が存在する。「被爆者の受け入れ難い苦しみに留意」―。前文でそう誓う禁止条約をてこに廃絶へ近づけられるか、被爆地の訴えも問われる。

ノーベル平和賞授賞式で演説 サーロー節子さん

自国政府に行動迫ろう

 核兵器禁止条約が採択された瞬間を国連本部の議場で見届け、ICANへのノーベル平和賞授賞式では代表して登壇し、演説したカナダ・トロント市在住の被爆者、サーロー節子さん(86)に、この一年を振り返ってもらった。(トロント金崎由美)

  ―条約成立の節目である7月7日を前に、どんな思いを抱いていますか。
 昨年の交渉会議の際、私は議場で発言し、今を生きる世代だけでなく、生きたまま無残にも焼かれた原爆犠牲者の魂も議論の行方を見守っている、と強調した。心ある外交官たちがその言葉を受け止めて誠実に交渉したからこそ、悲願の条約ができたのだと思っている。

 しかし、批准国の数はまだまだ。ICANの関係者の間でも「他の条約と比べてペースは遅くない」と言われるが、私は待てない。駆け足で物事を運ばなければ。何が条約の発効を阻んでいるのか。市民は何をすべきか。焦点を見定めて行動しなければならない。

  ―例えば、どんな行動でしょうか。
 条約成立後の課題は、市民がいかに自国の政府に条約署名を迫っていくかだ。当たり前だが、これに尽きる。草の根による地域からの突き上げが肝心だ。

  ―ご自身が住むトロントやカナダ各地で、そのような行動はありますか。
 核兵器問題への関心を見せないカナダ政府とトルドー首相を何とか動かさなければならない。もちろん議会も。たとえば今年4月、核災害の際は担当部署となるトロント市の公衆衛生委員会に公聴会を開かせ、市当局が核兵器の問題にもっと責任を持って取り組むべきだと私たち市民が訴えた。市議会にも、核兵器禁止条約の署名を政府に迫る内容の決議を求めている。

 条約署名を拒んでいる国の市民は、自国こそが条約発効を阻む障害だと自覚したい。日本もカナダと共通している。広島からのさらなる行動を期待している。

  ―禁止条約の成立やノーベル平和賞受賞を通して、忙しい一年だったのでは。
 一人でも多くに、核兵器の危険性という緊急課題の存在を知ってもらう機会だと受け止めている。条約もノーベル平和賞も本当にうれしかったが、それ自体が目的やゴールでなく、核兵器廃絶につなげるべき新たなスタートライン。体調が優れない日は多いが、立ち止まることなく地域と世界で訴えていきたい。

被爆地、署名活動けん引 国は賛同せず

 山あいの広島県北広島町豊平地区。6月21日、県被団協(坪井直理事長)の箕牧(みまき)智之副理事長(76)=同町=は、隅田衛さん(90)が会長の建設会社を訪ねた。手には、核兵器禁止条約の全ての国の批准を目指す日本被団協提唱の「ヒバクシャ国際署名」用紙。「ここへのう、核兵器廃絶のために名前をお願いしたいんよ」

 「そりゃあ、協力せにゃいけん」。隅田さんはペンを握り、体験を語った。警察官として駐屯していた爆心地から約2キロの寺院で壊れた建物の下敷きに。中心部では防火水槽に頭を入れた姿の遺体を何人も見た。「原爆は絶対反対」。賛同した社員や近くの被爆者も隅田さんに続いた。

 箕牧さんは昨年6月、国連に国内外約296万筆の目録を届けた。被爆証言をした東京の学校の生徒が手紙付きで署名を送ってくれたことも。「条約に入らんと言う国が署名で考えを変えてほしいのう」

 2020年までに140万筆を―。二つの県被団協など県内77団体・1個人は今年3月、「県民の半数」の署名に向け推進連絡会を結成した。県生協連合会、JA広島中央会など多様な組織が参加。被爆地からのけん引を目指す。

 だが、安倍晋三首相は1月、国会で「北朝鮮の核の脅威がある中、(米国の核)抑止力を維持して国民の命を守り抜く責任がある」と述べ、禁止条約だけでなく国際署名も賛同しないとした。

 署名に賛同する平和首長会議(会長・松井一実広島市長)は、核抑止力に頼らない安全保障政策の議論を課題とみる。外務省主催の「賢人会議」は3月、「(核抑止は)長期的な国際安全保障にとり危険で、全ての国はより良い長期的な解決策を模索せねばならない」と政府に提言した。

 委員を務めた首長会議の小溝泰義事務総長は「米朝が対話に動く前の緊張で、抑止のはずの核兵器が少しのきっかけで使われる可能性が高いと保有国の専門家も実感している。相互信頼に基づく安全保障を市民社会から促したい」と話す。国際署名と連携して進める首長会議の廃絶署名などから後押ししたい考えだ。

豪では「議員の誓約」運動 条約支持宣言促す

 核兵器禁止条約に背を向ける国の政府に、市民の側からどう政策転換を求めるか。海外では、日本で中心的な国連に署名を届ける運動とは別の角度からのキャンペーンが進んでいる。

 日本と同じく米国の同盟国で「核の傘」に依存するオーストラリア。現地のICANメンバーたちは「議員の誓約」を広げている。「議員として歴史的な条約への我が国の署名と批准のために尽力する」などと記した「誓約」の文書に国会議員や地方議員にサインしてもらい、条約への支持を宣言してもらう運動だ。

 同国出身で、運動に携わるICAN条約コーディネーターのティム・ライトさんは「野党労働党所属の国会議員の4分の3の『誓約』を取り付けた」と話す。誓約した議員を会員制交流サイト(SNS)などでPR。労働党は与党保守連合と対峙(たいじ)する最大野党だけに、政権交代した場合に署名・批准を実現させる土台づくりとなっている。

 北大西洋条約機構(NATO)加盟のオランダ。ICANに加わる反核団体の「PAX」は核兵器製造・維持に関わる投融資の停止を求める運動を展開。条約をてこにPRを強め、5月にはドイツの大手銀行が関連性の高い企業へ投融資をしないと表明した。核兵器を拒む意識を広げ、政府に条約参加を求める声の拡大を図る。

 「日本でも市民から政策転換を促す行動を強めて」とライトさん。7月22日に広島国際会議場(広島市中区)であるシンポジウムで基調講演し、活動ぶりを話す。

(2018年7月2日朝刊掲載)
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