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悲劇の克服 群像で紡ぐ ノンフィクション作家 石井光太さんが新著

「原爆 広島を復興させた人びと」

 ノンフィクション作家の石井光太さん(41)が、新著「原爆 広島を復興させた人びと」(集英社)を刊行した。原爆資料館初代館長の長岡省吾や、平和記念公園を設計した建築家丹下健三らの姿を通して、街の復興を描く。廃虚から立ち上がった人々に「悲劇をいかに克服するかという、人間の普遍的テーマを見た」と語る。(城戸良彰)

 東京都出身の石井さんは2005年、東南アジアなどで物乞いを取材した「物乞う仏陀(ぶっだ)」でデビュー。国内外の貧困や性の問題などを取り上げてきた。近年は東日本大震災の被災地に向き合い、「遺体 震災、津波の果てに」は映画化もされた。

 原爆を題材に選ぶのは初めてだが、「ゼロから湧き上がる人間のエネルギーを描きたい」という思いは共通という。14年にテレビの企画で広島を訪問した際に長岡を知り、興味を持った。

 本作は、長岡、丹下に加え、「原爆市長」と呼ばれた浜井信三、原爆ドームの保存に尽力した市職員で第7代原爆資料館館長も務めた高橋昭博の4人に、代わる代わるスポットを当てる。「個人の評伝で終わらせず、広島を平和都市としてよみがえらせた人々の物語にしたかった」

 6章構成の第1章で、原爆投下に前後する時期のそれぞれの人生をスケッチした。「復興に励む以前に抱えていた物語が、彼らを駆り立てた」とみるからだ。例えば、地質学が専門の長岡は戦時中、諜報(ちょうほう)機関に属していた。そのために戦後、アカデミズムの世界で栄達が望めなかったことが、原爆被害の研究に没頭する理由になったとみる。浜井は、市職員だった時に被爆。多くの同僚や親族を亡くし、偶然生き残った負い目が大きかった、と推し量る。

 彼らを「血も涙も苦しみもある人間」として描くことにこだわった。「聖人として描くと『神話』で終わってしまう」。長岡の功績が広島であまり知られていない背景に、家族との不和があるとして、その経緯もあえて詳述した。

 東日本大震災が一つの契機となり、「復興」への社会的な関心は強まっている。しかし、広島については「被爆者の言葉で語られる個別の体験」が前景化し、復興を体系的にたどる作業はまだ限られているように感じるという。「広島の人には、復興の歩みにもっとプライドを持ってほしい。いざというとき、他人を支える力にもなるはず」

 「原爆 広島を復興させた人びと」は324ページ、1728円。

(2018年7月14日朝刊掲載)

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