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3.11とヒロシマ

グレーゾーン 低線量被曝の影響 第5部 科学者の模索 <4> リスク評価 新たな挑戦

 6月上旬、東京・大手町の会議室に保健物理学会に所属する研究者の有志が集まった。「低線量・低線量率リスク推定法専門研究会」の初会合。今後2年間で、現在の放射線防護の基準である「しきい値なし直線(LNT)モデル」に代わる新たなリスク評価の方向性の提示を目指す。

 LNTは、どんなに少ない被曝(ひばく)でも、線量に応じたリスクがあると考える。研究会をリードする東京医療保健大の酒井一夫教授(放射線生物学)は「LNTは、身を守るための道具としては便利」と評価する一方、実際の影響に関しては「生物には防御機能がある。わずかな線量でリスクが上がることはない」と否定的だ。

2分野を融合

 研究会はまず、解明の鍵を握る専門分野とされる疫学と生物学の研究動向や論文を分析。新たな展開を切り開くための課題を洗い出す。その上で、両分野を融合した被曝リスクの推定法を確立する工程表の作成に取り掛かる。

 疫学と生物学を融合する必要性は約20年前から指摘されてきた。しかし、目立つ成果が出ていないのが現状という。その理由を、酒井氏は「霧が少しずつ晴れると、目の前に現れた山が意外に高かった」と表現する。疫学が集団を重視し、数値のばらつきから傾向を見いだすのに対し、生物学は個体差を突き詰め、現象を捉えようとするからだ。

 仰ぎ見る山をどう攻略するのか。酒井氏は、ビッグデータの活用に両分野の融合の可能性を感じている。個人の年齢や性別、生活習慣、食生活などを入力。その人ごとにオーダーメードした被曝線量限度を割り出すイメージを描く。「この線量だから大丈夫とは言わないが、放射線と付き合う場面になった時に冷静に受け止める判断材料になれば」と考える。

被災地と連携

 被爆地と被災地の研究機関が連携した新たな動きも出ている。広島大原爆放射線医科学研究所(原医研)と長崎大原爆後障害医療研究所、福島県立医科大ふくしま国際医療科学センターは本年度、文部科学省の共同拠点として、低線量被曝の影響など10項目に関して研究を始めた。

 期間は、2021年度までの6年間。原医研は文科省による単独拠点だった10年度から低線量被曝の影響をテーマの一つに掲げており、足かけ12年の取り組みになる。原医研の松浦伸也所長は「これまではメカニズムなどの基礎研究が中心で実験室にとどまることが多かったが、これからは変わる」と展望する。

 今月までに国内外から公募で寄せられた約230の研究課題を選び、いよいよ本格的な活動が始まる。フィールドワークが得意な長崎大、復興を支える福島県立医科大との相乗効果が期待される。松浦氏は「低線量被曝の影響は、科学者にとっても関心が高いテーマ。少しでも迫りたい」と力を込める。(藤村潤平)

(2016年7月29日朝刊掲載)

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