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3.11とヒロシマ

グレーゾーン 低線量被曝の影響 第3部 ゴールドスタンダード <5> 「ピカ」での説明に空白

 「放射線被害は『ピカ』だけでは説明が付かない。『ドン』の影響も、どうやら今まで考えられている以上に大きい」。広島市中区で22日に平和団体が開いた会合。招かれて講演した広島大の大瀧慈名誉教授(計量生物学)が語り掛けた。

 「ピカ」とは71年前に原爆が爆発した瞬間の閃光(せんこう)。大量の初期放射線が放出された。「ドン」は強烈な爆風や衝撃波を指す。放射能を帯びた土ぼこりや、ちりが巻き上げられるとともに放射性微粒子が拡散。「ごく少量でも呼吸や飲食で取り込み、体内に吸着すれば局所的に放射線にさらされる。低線量か否か、という考え方自体を改めるべきだ」。内部被曝(ひばく)の影響に警鐘を鳴らす。

土台に瞬間線量

 放射線影響研究所(放影研、広島市南区)の被爆者データは、瞬間的な外部被曝線量を土台にしている。「内部被曝が特別に危険という科学的根拠はない」「残留放射線の影響は無視できる程度」として、粉じんを吸い込みながら逃げ惑った体験や残留放射線の影響は考慮に入れていない。

 これに対し、広島大原爆放射線医科学研究所(原医研)で研究を重ねた大瀧氏は「被爆実態が無視されている」と言い切る。

 入市被爆者でも下痢や脱毛などの急性症状に苦しんだ人は少なくなかった―。1950年代に広島市内の開業医が行った大規模調査を知り、疑問を深めたという。

 さらに、原医研にデータベースがある入市被爆者を追跡する共同研究の結果、原爆投下から3日以内、特に投下日に市内に入った30代以上の男性は、固形がんの死亡リスクが明らかに高かった。これも、放影研のデータ解析では説明できない。

「対象者に偏り」

 大瀧氏は、家の土壁や地面に豊富にある金属が、原爆の初期放射線を浴びて半減期の短い放射性物質となり、救護や捜索のため真っ先に中心部に投入された男性たちの体に取り込まれたとみる。「東京電力福島第1原発事故から5年。福島県民の健康問題に取り組むためにも、『ドン』の研究を生かしていかなければならない」と訴える。

 放影研の被爆者調査を巡り、対象者の偏りを指摘する声も根強い。

 放影研が被爆者調査を始めたのは50年。被爆直後から5年間に死亡した人のデータは含まれない。「高線量被曝でも、原爆投下後の過酷な状況を生き抜いた。ある意味、生命力がある集団だ」。米ノースカロライナ大チャペルヒル校の疫学者スティーブ・ウィング准教授は、健康リスクが過小評価されている可能性があると日米両国で説く。被爆2世の健康追跡調査のため放影研が設置した第三者委員会の委員でもある。

 「ゴールドスタンダード」は完全無欠を意味しない。科学が常に内在している限界とも向き合うことが、被害の空白を埋める一歩だろう。(金崎由美)=第3部おわり

(2016年5月26日朝刊掲載)

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