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3.11とヒロシマ

グレーゾーン 低線量被曝の影響 第3部 ゴールドスタンダード <2> 病気との関連 続く追跡

 1950年代から続く放射線影響研究所(放影研、広島市南区)の被爆者調査は、さまざまな病気と被曝(ひばく)の関係を解き明かしてきた。近年発見したのは、脳卒中と心臓病のリスクの増加だ。がんや白内障など限られた病気に目を向けていた世界中の研究者を驚かせた。丹羽太貫(おおつら)理事長は「きちんとフォローアップしていたから見つけられた」と胸を張る。

 70年代までは蓄積したデータが足りず、被曝線量に比例して直線的に増加する発がんリスクさえ明確に示すことが難しかった。統計学の進歩に加え、データが充実してきた80年代後半から90年代にかけて、ようやく放影研の解析は世界にアピールできるようになる。

 ただ、東京電力福島第1原発事故で関心が高まった低線量被曝では、現時点で病気の関連性がはっきりとは分からない。低線量の影響を解析する困難さについて、ハリー・カリングス統計部長は「かなりノイズ(雑音)がある」と表現する。ノイズとは、食事や喫煙などの生活習慣を指す。線量が低いほど他の要因に埋もれ、影響が見極められないのだ。

異分野橋渡し

 その弱点を補うため、生体のメカニズムを研究する分子生物学などとの連携の必要性が指摘されてきた。放影研は、放射線影響に関する全国の研究機関とともに協議会を設立。毎年夏、「生物学者のための疫学研修会」を放影研で開き、両者の橋渡しや交流の場をつくってきた。

 さらに専門分野の垣根を越える試みが、放影研内部で導入する「研究クラスター制」だ。統計学や臨床の研究員がチームを組み、新たなアイデアを出し合う。低線量被曝についても、より低い線量で影響を探す方法を議論することになる。

 原爆傷害調査委員会(ABCC)時代から在籍する児玉和紀主席研究員は「どれぐらい低い線量までリスクが検出できるかは、データの積み上げと今後の研究にかかっている」と、後に続く研究者に期待する。

 疫学調査は、被爆者が高齢化して亡くなる中で、データが充実していく。症例数が増え、健康影響の微妙な差が見つけやすくなる。児玉氏は「被曝と脳卒中や心臓病の関連性を発表した際も、最初は全く信用してもらえなかった。調査を続ければ、影響をはっきり言える時が訪れる可能性はある」と指摘する。

自負と使命感

 放影研は、対象の被爆者全員の追跡を完了するのに、あと約30年はかかるとみている。調査が終われば、被曝の生涯リスクも示せるようになる。

 丹羽理事長は「信頼性が高いと思われているからこそ、非常に厳密で正確なデータでなければならない。被爆者のためにも。福島のためにも」と強調する。被曝に関するデータを先進的に発信してきた自負と使命感が、研究を進化させる。(藤村潤平)

(2016年5月23日朝刊掲載)

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