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連載・特集

自分らしく生きる アドバンス・ケア・プランニング(ACP) 被爆者と医師の対話から <1>

 被爆2世の有田健一医師(69)=広島市中区=が続けている被爆者への「アドバンス・ケア・プランニング」(ACP)。被爆体験を含めて今までの人生を振り返り、これから望む医療やケアについて語り合い、老いの人生設計をともに考えている。

小笠原汪子さん(92)=広島県府中町

広島市南蟹屋町(現南区)付近で被爆

延命治療は嫌。もろうた命だけ生きりゃあええ

 「いやあ、しんどい、しんどい…。もう、いつ死んでもええと思うとる。原爆でひどい目におうてね、今まで生かしてもろうたんじゃけえ」。ゆっくり息を継ぎながら、小笠原汪子(ひろこ)さん(92)が言葉をつなぐ。

 鼻にチューブを着け、ボンベの酸素なしには暮らしていけない。息切れなどの慢性呼吸不全の症状が表れた10年ほど前から、そんな生活が続く。昨年秋、肺がんも見つかった。年末に風邪をこじらせ、入院した広島市南区の病院で一日一日を送る。

 柔らかな日差しが注ぐ院内のリハビリ室。面談に訪れた有田健一医師と語らううち、顔がほころんでいく。付き合いは20年以上になる。酸素療法を勧めてくれたのも、有田医師だった。やはり慢性呼吸不全を患い、19年前に逝った夫も信頼を寄せていた。

 「最近、よう忘れていけん。ちいとぼけとる」。ぽつりとこぼす小笠原さんに、有田医師が「そうは思わんけどなあ」と返す。「そりゃもう、一生懸命に働いてきたよ。原爆が落ちてから、遊んどる日は一日もなかった」。語るうち、あの日の記憶がよみがえってくる。

 被爆したのは、南蟹屋町(現南区)付近だった。陸軍被服支廠(ししょう)海田市倉庫(現広島県海田町)の事務員で、連絡のため広島市内に向かっていた。燃え上がる市街に近づけない。幸い目立ったけがはなかった。

 「原爆で何ものうなったのが忘れられんのよ。鉛筆一本すらね。私だけじゃない。みんながそうじゃったけえ、頑張ってこられたんじゃと思う」

 1カ月後に大朝町(現北広島町)の実家に戻ると、髪の毛が抜けた。足のできものにも悩まされた。被爆者への視線は厳しく、縁談も流れた。古里を離れ、復興のつち音が響く広島市内へ。呉服問屋で働き、28歳で結婚した。連れ合いを支えながら釣具店を営み、息子2人を育て上げた。

 朝から晩まで寝る間を惜しみ、仕事に精を出した。店の経営が傾くと、親戚を頼って上京し、住み込みで働いた。「じっとしとれん性格じゃけえ。貧乏もしたが、悔いはない」

 ひと言、ひと言に全力で毎日を紡いできた自負がこもる。有田医師の面談に立ち会った小笠原さんの長男、政樹さん(63)=府中町=もうなずく。「母は本当に働き者でしたよ。自転車でどこへでも駆け回ってね」。正義感が強く「真っすぐ生きよ」が口癖の母は、息子たちにも弱みを見せたことがない。

 入院してからも、週2回の風呂にきっちり入る。洗濯物もきちょうめんに片付ける。「ちょっとでも動きたいんね」。そう有田医師が尋ねると、「トイレは自分で行きたい」「顔を洗うのはたいぎいけえ、熱いタオルをもらう方がええ」

 命を永らえる医療には、首を横に振る。「胃ろうはせん。延命治療なんて嫌。30代、40代の働き盛りなら頼むが、はあ、もろうた命だけ生きりゃあええんじゃから」。これからの生き方を聞かれると、「真っすぐに生きたい」と、いつもの口癖が飛び出す。

 「あとは、ええ具合に死なれりゃあええ。息子らが葬式もちゃんとしてくれるじゃろう。ほかには何も望まん」。入院暮らしは「家におるより、安心だわ」と話す。政樹さんが1日置きに来て、体を気遣ってくれる。「大好きじゃ」という有田医師には「何でも言えるんよ」と相好を崩す。

 「じゃが、最期にしんどいのは嫌。有田先生、頼みますよ。一服盛ってもろうてもええんじゃけえね。ほーそい体でここまで生きてきて、ほんまに、ありがたいと思うとるんよ」(林淳一郎、写真も)

    ◇

 被爆者たちには、一人一人の人生模様がある。73年前の過酷な体験、切り開いてきた戦後の暮らし…。あの日からの歩みを胸に、最晩年を自分らしく生きようとする姿がある。有田健一医師との対話から見えてきた被爆者たちの「今」を追う。

有田医師からのひと言

理解できる人 そばに

 一生懸命に働き、生きてきた―。その自負が、小笠原さんの心を支えているんでしょうねえ。つらい被爆の記憶をたどり、最期の覚悟まで自ら語る。ただ、誰にでも話せるのかどうか。そこを、僕はどうしても聞きたい。生きざまを理解してくれる人は誰なのか。医師や家族、親しい知人でもいい。そういう人がそばにいてくれれば、老いを自分らしく過ごす一歩になるはずです。

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メールkurashi@chugoku-np.co.jp
ファクス082(291)5828

(2018年7月26日朝刊掲載)

自分らしく老いる 被爆者と医師の対話から <プロローグ>

自分らしく老いる アドバンス・ケア・プランニング(ACP) 被爆者と医師の対話から <2>

自分らしく老いる アドバンス・ケア・プランニング(ACP) 被爆者と医師の対話から <3>

自分らしく老いる アドバンス・ケア・プランニング(ACP) 被爆者と医師の対話から <4>

自分らしく老いる アドバンス・ケア・プランニング(ACP) 被爆者と医師の対話から <5>

自分らしく老いる 被爆者と医師の対話から <エピローグ>

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